わたしは、買い物が、嫌いではない。いや、好きだ。買い物自体というより、なにかのきっかけで特定のモノに惹かれると見境がなくなってしまうのだ。いや、そんなに胸を張って言うことでもないんですが、惹かれるのはセンスのいい人が紹介するような素敵なモノでは、決してなく、「え、それ?」と言われるようなモノなんです。
このコーナーでは、そんなわたしのモノ遍歴、買い物遍歴の一端をお話しさせてもらう、名付けて『買い物バカ一代』改め(いやそれはちょっと下品すぎ?との声に配慮し)、『買い物バガボンド八代』のお話。
【今月のテーマ・高野豆腐】 実力を出汁(だし)きってくれ!
突然、意外なところで恋に落ちた。
高野豆腐にわたしが目覚めてしまったのは、あるテレビ番組で高野豆腐の常識を覆すような食べ方が紹介されていたのを、見てしまって以来のこと。その番組によれば、「熱湯で戻さないでください」という高野豆腐のパッケージに必ずといってよいほど記されている、その注意書きに従ってはならない、という。熱湯でぐつぐつ煮ちゃうと溶けてしまうので、そこは要注意なのですが、じつは熱湯で戻したほうがぷるっぷるになる、というのです。
禁断の高野豆腐……
番組では、熱湯で戻した高野豆腐を、塩とオリーブオイルで食べていました。出演者のみなさんとても美味しそうに。
わたしは、豆腐が好き――塩ふってしばらく置いておいて、モッツァレラチーズのように、オリーブオイルで時々食べてもいる。
そして、美味しい出汁はもっと好き、出汁巻きとか、おいしい出汁のおうどんとか、出汁の効いた味噌汁とか
だから、美味しい出汁を目いっぱい吸い込んだ、ぷるっぷるの高野豆腐が完成するなら、どんな至福の時を味わえるだろう。でも、塩分が多いと、また元の固い高野豆腐に戻ってしまうらしい。なんだ、味付けできないのか……
京都に来て10数年が経ち、お弁当に必ずといってよいほどついている、高野豆腐の煮付け。そう「ついている」という表現がぴったりなように、どうも高野豆腐、それほどいい印象ではありませんでした。あってもなくてもいいし、ギシギシした感じも好きになれない。
手間がかかっているだろうに、きっと料理人の腕が試される食材なんだろうに、どうして、こうなんだ。
ずっとそう思い続けていたわたしに、その番組は、〈ああ、高野豆腐さん、わたしの認識が間違っていたのね、ごめんなさい〉と、高野豆腐をこれまでと全く違う目で見るようになったのです。
〈わたしが悪かったんだ〉
〈相手(高野豆腐さん)を理解できなかった、わたしがばか〉
高野豆腐さんって、高たんぱくで低カロリー、そのままでも美味しい豆腐をさらに凍らせたり手間をかけて乾燥させ、さらにそれを戻して食べる。昔から日本に伝わる高野豆腐、そんな高野豆腐の良さを知らなかったなんて……
高野豆腐を美味しく食べるための、レシピ探しを繰り返し、料理を試すようになりました。
だけど……
〈やよちゃん、なんか騙されてない?〉
〈生まれや、肩書きで選んでない?〉
〈どうして、高野豆腐さんにそんなに拘るの?〉 etc….
周りからどんなに説得されても、どれほど高野豆腐さんに裏切られても、わたしのたかまる気持ちは抑えきれない……どこかで聞いたような恋話ではないか、これでは。
まず、わたしが最初に目を奪われた、熱湯でぐつぐつ炊いて、お塩とオリーブオイルで食べてみる。
〈うっ、水っぽい〉、関西の言葉でいうと、不味いとほぼ同義の〈水くさっ〉
そう、当然なんです。だって、大量の水分(水道水といってもよい)を含んでやっと、ぷるっぷるになっているのですから、高野豆腐さん。どうしてそんな単純なことが分からず、単純に飛びついたんだ……

レシピを探して、ぷるっぷるはあきらめたとしても、肉汁とかいっぱい吸わせたらよいのではないか?
〈たしかに、美味しくなっているかもしれないけど、なにも高野豆腐でなくても〉
チーズとか一緒に肉やベーコンでまくと、割と合うんですね、でも、そもそもそれじゃ、高野豆腐をわざわざ使用しなくてもいいのでは?
油で揚げてみると、ベジタリアン用のから揚げみたいになるはず……
〈揚げ出し豆腐のが美味しくない?〉
〈そもそも、やよちゃん、ベジタリアンじゃないし〉
なかなか、美味しいし、これはもしかして、高野豆腐らしいのでは? と一気に高野豆腐さんへの恋が実るかと期待値があがったのは、高野豆腐のグラタン。牛乳でぐつぐつ煮ると、固まらずに、ぷるぷるふっくらした高野豆腐のままでいてくれる。そして、チーズとの相性もいいし。
〈でもこれ、豆腐でやったらもっと美味しいよねぇ、やっぱり〉

ベジタリアンではないですが、ベジタリアンになった気持ちで、けんちん汁も試してみましたが、やはり、豆腐には勝てない。
結局、試してみて、一番美味しかった、そして高野豆腐らしかったのは、高野豆腐に鳥ひき肉と豆腐などをつめた、含め煮。結局、よくある高野豆腐である。高野豆腐を戻すところから、出汁を使用し、また出汁で煮ました。出汁のダブル効果。しかし、そこまでがんばってみても、恋に落ちてしまったわたしの気持ちはまだ満たされない。
ここまで試して、まだ、高野豆腐の美味しい食べ方が他にあるのでは、とついつい、高野豆腐の美味しい食べ方を探してみる、迷えるバカボンド。
高野豆腐さんの良さにはまだ、料理の腕が足りないわたしには出会えないのかも。お弁当ではよく見かける高野豆腐さん。でもきっと、わたしには見せない一面があるに違いない。
突然の高野豆腐との出会いから、理想の高野豆腐の実力を求めるバカボンド八代の旅は、まだまだ続く。
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