
『労働法』 和田肇ほか 編著(日本評論社、2015年)
今回はフォーラムについて、印象に残ったことなどを記してみたいと思います。
まず、初めのお話は名古屋大学法学研究科教授、和田肇先生より。
読書会のテキストとして使わせていただいた、「労働法」(共著、日本評論社)をベースに、現代の労働問題について分かりやすく解説してくださいました。
印象的だったのは、社会格差を測る指標の【相対的貧困率】では日本は貧困率が14.9%と、OECD諸国では4番目に相対的貧困率が高い国だという話。
正規/非正規労働者間の格差の広がりや、高齢化や単身世帯の増加などの社会問題が絡み合い、日本の相対的貧困率は1980年台半ばから上昇しているとのこと。
豊かで暮らしやすい国だと思われている日本、それなのに相対的貧困率はメキシコ、トルコ、米国に次いで高い「生きづらい国」。
そして正規労働者も単純に恵まれているわけではなく、明らかな過剰労働の危機に晒され過労死・過労自殺が大きな問題となっています。
そして、心身ともにゆとりのない正規労働者たちには、「みんなで見守り、新卒者をしっかりと育てる」風土を持てる余裕はありません。
その結果高卒・大卒の新卒者たちは「即戦力」を期待され、しかし当然ながら即戦力などになれるはずもなく、満足な教育を受けられないままいじめられ、自分を追い込み、自殺に至る…。
そんな事例は、珍しくもなんともないのです。
私も常日頃から、何かと言えば「即戦力」という文字が躍る新人研修やセミナーのあり方、また、ハイペースで一人前を求める職場の風土には強い違和感を感じていました。
ほんの数ヶ月前には学生だった若者たちに、僅かな研修と安い賃金で即戦力を求めることは酷じゃないのかと批判的に感じていたのです。
今回、労働問題の専門家から私の感じていた違和感と同じことを問題提起していただいたことにより、私の考え方は間違ってはいなかったのだと心強い思いが致しました。
私は新人育成については「甘ちゃん」だと周囲に思われているフシがありますが、これでよかったんだとホッとした気持ち。
せっかく意欲を持って職についた若者たちを、病ませることなく長い目で育ててあげたいというのが私の方針なので、少し自信がつきました。
働く人はほどほどに休めるように、働けない人は生き生きと働けるように。
全ての労働者が人間らしく余力のある働き方ができるように、と願いながらの講義となりました。

『人権としてのディーセント・ワーク』西谷敏著(旬報社、2011年)
和田先生のあとは、大阪市立大学名誉教授・西谷敏先生のお話。
実は西谷先生は、読書会での私のレジュメを見ていただいており、とても感激したと喜んでくださいました。
私の方こそそのお言葉を聞いてとても嬉しくて、幸せな気持ちになりました。
皆が人間らしく働ける社会への想いが、誰かに届くこと、通じあうことはとても素敵な経験ですね。
私が西谷先生の気持ちに共感し、感激した気持ちが、たとえ僅かでも先生の胸に届いていたことがとても嬉しかったです。
さて、先生のお話について、印象に残ったことなどを。
「まあまあの働きかた」が皆に行き渡るように、という考え、とても共感できます。
ハードすぎない、しんどすぎない働きかたが広まればいい。
理由のない非正規を減らし、適切な業務量の正規を増やす。
そんな「ほどほど」なディーセントワークのことを関西弁で「まあまあでんな」なお仕事、とユーモラスに例えられたのは西谷先生ですが、私も「まあまあでんな」「ぼちぼちでんな」と人間らしい笑顔とともに語れるような労働が行きわたるような社会を願います。
我が家の子ども達も無事に育てばいずれ、成長して労働者となることでしょう。
そんなとき、「即戦力」を期待され、無理な期待に応えきれず心を病んだり、いわゆる昔ながらの「バリキャリ」な労働を強いられて力尽きたり… そんな働きかたがあたりまえとされる社会に、私は子ども達を放り込みたくありません。
そのために、私が今できることは何だろうかと自問自答しています。
何より恐ろしいのは、「前向きな過労を肯定する風潮」だと私は感じています。
仕事は楽しい、やりがいがある、それ自体はいいことですが、いくら本人の意思とはいえ過剰な労働を連日行うような働きかたは、労働者が若かろうとポジティブであろうとやはり「ディーセントワーク」ではありません。
そんな「前向きで楽しい過剰労働」を続けていては、第三者に長時間委ねるという手段以外では、家事育児などできるはずもありません。
(育児を委ねること自体は良いことだと思いますが、何事も行き過ぎると良くないという気持ちです)
心身の健やかな状態を保つことができ、労働時間以外の人間らしい時間を大切にできるような業務量こそが、ディーセントワーク… まあまあでんな、な仕事と言えるでしょう。
今の日本は、長く働くことが良いこと、と思われていたり、若いうちは何事も全力投球で、などと言われたり、仕事を取り巻く環境は欧州に比べ過酷極まりない状況。
しかもそれは、書類などの強制力が関与しているというよりは、職場の空気感というか同調圧力というような目に見えない雰囲気・規範にあるからこそ是正しづらいのです。
私たち労働者一人ひとりの意識を、より革新的に変えていくこと、そして「日本のあたりまえ」にとらわれることなく、「世界のあたりまえ」に規範を求めることが大切なのではないでしょうか。
昔ながらの「素晴らしい社員、模範的な職員」像に、私たちが疑問を投げかけ続けることが重要なのだと思います。
その気づきのきっかけを、西谷先生に、そして読書会にいただいたこと、とても感謝しています。
講演の後のワールドカフェもとても盛り上がりました。
会社の人事の方はじめ参加者の皆様に、ワーキングマザーの生活実態、夫の育児参加の重要性をお伝えする機会も与えていただいて、小さなことですが社会を変えていくきっかけの一つを与えていただいたことに感謝です。
学びと発信、そして地道な日々の努力。
これらを行動に変えて、子ども達が幸せに健やかに生きていける未来作りをしていきたいなと改めて感じた素晴らしいフォーラムでした。
ディーセントワーク、今後とも時間をかけて取り組んでいきたい重要なキーワード。
労働は人生の中でも長い時間を占める大切なものですから、そこを良くすることは皆の幸せに繋がるはずです。
そのためにできること、ささやかでもコツコツと続けていきたいです。
■ 松竹 梅子 ■
この事業は、「きんとう基金」から助成をうけ実施いたしました。
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