みすず書房のPR誌『みすず』645号(2016年1/2月号)、恒例の「読書アンケート特集」。上野が寄せた回答を以下に。
スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチについては、梓会出版文化賞の選考委員講評を。
http://wan.or.jp/article/show/6487

岸政彦さんとはトークショウの予定。
「紀伊國屋じんぶん大賞2016」大賞受賞記念講演会
岸政彦『断片的なものの社会学』(朝日出版)×上野千鶴子
日時|2016年4月18日(月) 19:00開演(18:30開場)
料金|1,000円(税込・全席指定)
会場|紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店新宿南店7F)
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⑴スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ/三浦みどり訳『戦争は女の顔をしていない』群像社、2008年
ノーベル賞を受賞するまで不明にしてこの作者を知らなかったが、梓会出版文化賞に関係しているおかげで絶版になっている本書を手に入れることができた。
なめるように読んだ。赤軍女性兵士の語られなかった記憶。苛酷な戦場から生きて帰ってきても、元女性兵士は「あばずれ」「男まさり」と呼ばれ「結婚向きの女」とは見なされなかった。アレクシェーヴィチはロシア語圏の石牟礼道子ともいうべき存在。語ったのは元兵士たちだが、声を聞き取ったのはアレクシェーヴィチだ。ノーべル文学賞がノンフィクションに文学のジャンルを拡大したことは、文学の再定義として画期的なできごとだろう。
⑵保阪正康『戦場体験者 沈黙の記錄』筑摩書房、2015年
戦後70年ものが多数出たなかの出色。40年間にわたって日本軍元兵士の記憶を聞き取ってきた著者の集大成ともいうべき作品。戦友会が記憶を定型化し、抑圧する効果を持ったことも指摘する。高齢化によってその戦友会の統制が弱まり、死期が近づいた自覚から過去の封印を解いて証言する者もいる。著者もすでに70代。証言を直接聞くことのできる世代から、伝聞形で聞かなければならない次の世代への継承が問題となるだろう。
⑶岸政彦『断片的なものの社会学』朝日出版社、2015年
現場に立ってざわめく声たちに耳を傾け、安易な解釈を拒む社会学者の異色のエッセイ、またはエッセイ的社会学。そうだった、社会学とはこういう経験知にこそ足場を置くものだった、と学の初心に立ち返らせてくれる。目を洗われる思いがした。
⑷斎藤環著+訳『オープンダイアローグとは何か?』医学書院、2015年
目からウロコのような統合失調症の集団療法。急性期に複数の専門職で介入し、当事者を交えた多声的な対話をする、というだけの、シンプルきわまりない、秘技も薬物も要さない、フィンランド生まれの精神療法。効果抜群だという。認知症ケアの技術として注目を浴びた『ユマニチュード』(医学書院)とともに、対人関係の基本のき、として、おそらく後戻りしないしかたで、医療とケアの世界を深く静かに変えていくことだろう。紹介者である斎藤の興奮が伝わってくる。
⑸SEALDs『民主主義ってこれだ!』大月書店、2015年
最後に昨年誕生した希望の芽を。2015年の熱い夏。国会前に、気負いもてらいもなく、そして臆することなく、政治的発言をする若者たちが登場した。否定ではなく、肯定のことばで。バイトやデートに行くこととデモに行くこととが等距離で並ぶような日常性の感覚と共に。「100年後も心配はない。たぶんまた誰かが始めるから」...こんな歴史に対する信頼のことばがまぶしい。