本書の出発点は、女性作家は〈女性〉を代表しないということにあります。理由は単純で、女性作家はそもそも規範的な〈女〉から外れているからです。とはいえ、文学場がジェンダー・ニュートラルであったことはなく、女性作家の作品は〈女〉が書いたものとして読まれてきました。だからこそ女性作家は〈女〉というカテゴリーとの交渉を続けてきたのだといえます。そこには、女性作家の経験の共同性があります。
ジェンダーは主体に同一性を与えるものではなく、むしろ亀裂や重層性の発生源となっています。書くことのなかで、どのようにジェンダー・ポリティクスとの交渉がなされてきたのか、語りの身体性に焦点を絞ってとくに注目したのは、〈語りにくさ〉と〈読まれる〉という二つの感覚です。躊躇や回避や中断、あるいは逆に過剰な饒舌、ときには「書けない」ということが語られていることもあります。そうした〈語りにくさ〉は、〈読まれること(被読性)〉と絡み合って発生しています。つまり、語りの失調は他者に向かい合っていることの証だということです。私はそこに、「彼女たちの文学」を読むことの意味と可能性があると考えています。
田村俊子、野上弥生子、宮本百合子、尾崎翠、林芙美子、円地文子、田辺聖子、松浦理英子、水村美苗、多和田葉子など、近代から現代まで、さまざまな女性作家について論じています。マイノリティとして書くことについての考察として読んでいただければ、嬉しいです。
(筆者 飯田祐子)
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