
この本は、まえがきで、渋谷さんは「非正規労働問題」を深く考える上級者を増やしたいと書いている。
非正規社会を深く理解するには専門家である必要がなく、むしろ専門家であることが足かせになることもあると。まことしやかなデーターに簡単にごまかされないように常に疑いの目で実像を知ることの重要性をまず強調している。
厚生労働省や内閣府のデーター、概念・定義が、いつも時の権力者の都合のよい結果を出すように操作されていることは私たちは痛いほど何度も経験している。疑いの目を持つことができるのは、どれだけ実像に寄り添い知ろうとしているのかという気持ちセンスにもよる。
渋谷さんには、以前、パートタイマーの実態調査を人事部経由ではない人からひとへ雪だるま式にしていった実践からも注目してきた。やっとほんものに会えた気がしてとても嬉しかったことを忘れない。
第1章から3章までは、主婦パートの歴史、メカニズム、実像について書かれている。
日本の最大の非正規雇用「主婦パートを知らずして「非正規労働問題」は語れない。派遣でもなく、フリーターでもない。主婦パートは、育児や家事も担い低賃金で正社員の代わりか、それ以上の仕事をしてきた主婦パート、そこを知らずして、非正規雇用の増大の理由をほんとに知ることはできないことを、歴史から紐解き、明らかにしている。
第3章で働く女性の全国センターのホットラインの紹介がでてくるが、この取材を受けた頃より、今は、もっと細切れ雇用で週20時間未満のパートが増大している。そこに触れられていないのが残念だ。わずかな期間に急変するほど、パートのリアルは変化している。より劣悪化している。研究結果の報告がでるころには、現実が変わっていまうという典型だ。
第4章では、たたかう主婦パートのリアル~坂喜代子さんの場合
名古屋銀行に入社して退職するまで、職業病の労災認定、パート労働法を活用した女性ユニオンを軸にした団体交渉、裁判準備と断念、選挙に立候補という波乱万丈の生きざまが、リアルに描かれている。
第5章では、たたかう主婦パートのリアル~丸子警報器原告団の場合
今まで、私は、丸子警報器事件について、判例資料を読むなどして学んできたつもりだった。しかし、渋谷さんの視点は、ここでも実像に迫ることに忠実だ。法律家や専門家の解説書では決して書かれていなかったリアル。なぜ、労働組合が主婦パートを組織化することが重要と考えたか、賃金差別裁判を戦い抜けたのか、取材にもとずいて書かれている。当事者の実情が見えない、再評価が欠如している。そう考えた渋谷さんは、現地に何度も足を運び当事者の話を聴いた。現在、非正規の組織化と声高に叫ぶ労働組合の活動家には、1990年にパートタイマーを組織化した丸子警報器の労働組合に学んでほしい。日本の労働組合が同じ視点で労働組合を組織化していたら、現在の雇用破壊は、なかったかも知れない。私も同時期、戦う労働組合のオルグに主婦パートは、「補助的、夫に養われる存在」と相手にもされなかった印象を強く覚えている。
特別付録では、坂さんと、丸子警報器の組合員自身の生の声が収録されている。
坂さんは、この中で、働く女性の全国センター(ACW2)の定期大会後の選挙立候補を巡った確執にも赤裸々に触れている。今のACW2であれば、きっと面と向かって対話ができたはずだ。
この本は、そうしたことも含めて、感情移入して、一気に読むことができる。
そして、多くの人たちがこの本を読み、非正規雇用問題の上級者になって「主婦パート」への思いこみの理解でなく、作られたメカニズムを理解して、ケアレスではなく、ケア付きのパートタイム労働をディーセントワークとすることを本気で考えていくことができればと思う。私が、最近読んだ労働関係の中では、間違いなくベストな本でした。
■ 伊藤みどり ■
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