「すごい本だから、読んでみて…」ただこれだけを言いたくて文章を書いている。

今年11月末にアレクシエービッチ氏の来日があり、新刊の発行もあったので、最近この名を報道を見た方もいるのではないだろうか。

彼女の名と著書については2015年のノーベル賞受賞時に初めて知り、以降気になっていた。あるとき古本屋で『チェルノブイリの祈り』、『戦争は女の顔をしていない』、『ボタン穴から見た戦争』(いずれも岩波書店)の3冊がそろって並んでいたのを迷わず購入したものの、内容の重さを想像してしばらくためらっていた。先日意を決して読み始めたところ止まらず、この3冊をたちまち読んでしまった。

本の中身にも、このような本が存在すること自体にも、私は驚かされた。チェルノブイリに関わった様々な立場の人々、第二次世界大戦時のソ連の元女性兵士たちやベラルーシの子どもたちからの、いずれも聞き書き、インタビュー集、ドキュメント。著者自身による文章は少なく、そっけない印象すら受けるほど、ただただ生々しい語りが続く。何百人分も。壮絶で想像を絶する内容でありながら、凄惨で読み進められない文章とは違う。普通の人々が語る言葉だからか、聴き出して書き上げた著者の力なのだろうか。こんなことが一人の人にできるものなのか、こんなにも多くの人に、こんな体験を聴き続けていくことが、と思わずにはいられない。

「普通の人々」と書いたが、例えば『戦争は…』の話し手である「元・ソ連女性兵士」を私は「普通の人」とは思えなかっただろう。遠い国の、違う時代の、兵士なんて特別な人。何かが私と違うに違いない。しかしこれを読んで「普通の人々」なのだと感じざるを得なかった。そして、「女性兵士」がいるのではない、いろんな人がいて、人の数だけ体験があり、思いがあることを教えてくれる。

ソ連では女性もパイロット、狙撃兵、戦闘中に負傷者を背負って運ぶ衛生指導員など、最前線を含む軍務についていた。またパルチザン経験者も多い。そうした彼女らの、過酷な独ソ戦における兵士としての心身へのあらゆる苦痛に加えて、「女性兵士」に課される戦中戦後の重荷があちこちに書かれている。大きさの合わない軍服や軍靴、生理への対応。「戦いに行きたいなんて男が望むことだ、どこか異常だな、女じゃないな。何か欠けているんだ……」「戦地にいたことのある娘たちは大変だったのよ。戦後はまた別の戦いがあった。それも恐ろしい戦いだった。男たちは私たちを置き去りにした。」「で、戦地ではたくさんの男と寝たんでしょ?」こう言わせる何かは、形を変えて今もあり続けていると思わないだろうか。

「私は訊きたいの、誰のせいなのかって。(中略)戦争が始まる前に軍隊の幹部を抹殺してしまったのは誰なの?(中略)「わが国の国境はしっかり守られている」と国民に請け合ったのは誰?」こうした文を読むうちに、なぜ?が渦巻いてくる。なぜこんなことに?この戦争はいったい何だったのか?何か少しでも知らなくてはと思った。

第二次世界大戦(ソ連では「大祖国戦争」)におけるソ連の戦争犠牲者は、戦前の人口2億人弱に対し2,500万~2,700万人といわれ、世界で群を抜いて多く、すさまじい(他の国では例えばドイツ685万人、日本310万人。なお数字については諸説あるようだが、私の手元の文献による)。こうした数字や歴史的な記述が、これらの本を読んだ後には改めて迫って感じられる。この犠牲のために起きた労働力不足は、戦後の捕虜抑留の背景になった、と知ってはっとする。私の祖父はシベリア抑留の経験者であったから。

いわば過去の話が大量に書き留めてある「だけ」であるのに、今の私に働きかけてくる力の強さが、すごい。

■ 小澤さち子 ■