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 映画「ミス・シェパードをお手本に」(The Lady in the Van)を観た。

 ロンドンのカムデン。誇り高き淑女ミス・シェパードは路上に停めた黄色いバンで気ままに暮らしていた。ある日、劇作家ベネットは見るに見かねて自宅の駐車場を彼女に提供する。居座り続けて15年。二人の奇妙な友情が生まれていく。イギリスの作家アラン・ベネットの実体験をもとにヒットした舞台作品が今回、映画化された。現在、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞にもノミネートされている。

 今年、82歳のマギー・スミスが圧巻。「ミス・ブロディの青春」「カリフォルニア・スイート」「天使にラブ・ソングを・・」「ムッソリーニとお茶を」などアカデミー賞を軒並み受賞し、「ハリー・ポッター」シリーズのホグワーツ魔法魔術学校の教授ミネルバ・マクゴナガルでもお馴染みの名女優。彼女との奇妙な友情を演じる劇作家アラン・ベネット役をアレックス・ジェニングスが好演している。

 閑静な住宅街。強烈な臭いを周囲にまき散らし、迷惑を省みないミス・シェパード。それでも人々は親切を施そうとする。そんな好意も拒否して高飛車に言い返すプライドの高さが彼女のアイデンティティだ。元修道女の彼女は戦時中、救急車の運転手もしていたらしい。若き日、フランスのアルフレッド・コルトーに弟子入りしてピアニストをめざすが、修道院の禁欲生活と敬虔な信仰とを引き換えに好きな音楽を断念するという屈折した過去をもつ。

ヴァージニア・ウルフの家

 やがて彼女は老いて天国に召され、数年後、「非凡かつ傑出した人物」として、この家に住んでいたことを示すブルー・プラーク(blue plaque)に名を刻まれることになる。ああ、あの青い陶板だ。1998年、ロンドン・ブルームズベリーにヴァージニア・ウルフの家を訪ねた時、ウルフのブルー・プラークが壁にあったことを思い出す。

 あっ、ミス・シェパードによく似た女友だちが一人いる。1970年代、イギリスに学び、その後、フランスに在住する50年来の友人。先日、一時帰国して関空から直行でやってきた。開口一番。「スーツケースを開ける暇がないの。ちょっとお化粧道具、貸してくれない?」「どうぞ」「これ、使いやすいわね。どこの?」「百円化粧品よ」「あら、シャネルの口紅があるじゃない」「お誕生日にシャネルのルージュをプレゼントしてくれる人がいるの」「ふーん」と首を傾げてお化粧に余念がない。 お昼にきて夜になっても、ずっとしゃべりっぱなし。夕食を用意するとさらに元気が出たのか、いつ終わるともなく話し続ける。おしゃべりな6歳の孫娘も、さすがに一言も口を挟めず、黙って遊んでいる。

 アメリカ大統領・トランプ誕生の背後に何があるか。トランプ後の世界はどうなる? 今春のフランス大統領選の候補者、ルペン、フィヨン、マクロン、アモンの4人のうち、若いマクロンとルペンの一騎討ちになるかもとの予測。イギリスのEU離脱の深謀遠慮が意味するもの。米中対立はありえない。その狭間で弄ばれるのは日本ばかり。国々の歴史や人種間の複雑な駆け引きを鋭く読み解く分析に「うーん、なるほどねぇ」と思わされる一面もある。

 国家の厳しい管理と国民への巧妙な囲い込みが急速に進みつつある、この時代、一個人として自立して生きることの難しさは世界共通の課題のようだ。もちろん日本もそう。暗闇をくぐり抜け、闇の向こうにかすかな光を求めるには、一人ひとり自らの手で、その糸口を見つけていかなければならないときだと思う。

 「これから行くわ」と電話があると大抵、1、2時間遅れでやってくる。その隙にサクサクと仕事を片づけるので待つのは別に構わないんだけど。ドジでパソコンに弱い彼女のためにフランスのサイトを開いてプリントしたり、とめどなく続く話を最後まで黙って聴くのが彼女とのつきあい方のコツ。でもまあ、どこか憎めないから長く友だちでいられるのかも。

 もう一人、自由気ままな男がいる。7歳年下の男友だち。知り合ってもう25年以上になるかな。極寒の北海道・大雪山十勝連峰の麓にあるトムラウシ(カムイミンタラ・神々の遊ぶ庭)の温泉に1カ月、こもりっきり。下界から離れた雪深い山の宿で読書三昧の日を送る。雪解けの頃には京都に帰ってくるという。

 去年4月、ホームセンターで脳内出血のため意識不明で倒れ、身元不詳のまま救急車で搬送され、警察からの連絡を受け、急ぎ病院へ駆けつけた。お医者さまと看護師さんのおかげで無事、一命をとりとめ、大事な命をいただいたことを心から感謝した。幸いマヒも残らず、今は元気に過ごしている。「医者から温泉行きの許可が出たよ」と薬と血圧計とリュックいっぱいの本を携えて、寒中、北海道へと飛びたった。

 比叡山麓の畑を借りてとれた野菜を自宅の囲炉裏で調理し、TannoyのスピーカーとMcintoshのアンプ、Mark LevinsonのCDプレイヤーで、ひとり音楽を楽しむ。ちょっと古い趣味だけど、本人は満足そう。波長があわない人とは決してつきあわず、誰にも束縛されることなく、「ひとりがいい。金はなくても何とかやってけるもんだ」と、まあ気楽な人だ。

 女も男も自由気ままに、ひとりで好きに生きていけたら、こんな幸せはないんだけど、そんな暮らしがどこまで続くものやら、何の保証もない。この二人、ともにB型人間。AB型の私と相性がいいのか悪いのか、よくわからない。だけど、ミス・シェパードのように、自由気ままに生きる、いいお手本になる友が身近にいるというのは、やっぱりわたし、恵まれているということなのかしら?