
少女クローディアは、弟ジェイミーを誘って家を出る。今とは「違う自分」になりたくて。計画を立てるのはクローディア。お小遣いをたっぷりもっているジェイミーは会計係だ。行き先はニューヨークのメトロポリタン美術館。「あたしたちは家を出るけど、FBIを呼ばないでね」と手紙をポストに入れて。
広大な美術館は大勢の観光客や小学生の団体でいっぱい。昼間、二人が買い物や食事に出かけて帰ってきても、ちっとも目立たない。守衛の見回りの時間はトイレに隠れて、夜は16世紀の天蓋付の黴くさいベッドにもぐり込んで眠る。
先頃、美術館が225ドルで購入した「天使の像」は、もしかするとミケランジェロの作ではないかと新聞で話題になっていた。夜中に館内を探検中、クローディアは天使の像の台座に謎の文字を見つける。その謎を解くために二人は売り主のベシル・E・フランクワイラーさんの家に会いにゆく。
『クローディアの秘密』(E.L.カニグズバーグ作、松永ふみ子訳)は、つまさきだちに大人の世界に入ろうとする少女と、それをそっと後押しする老婦人の、それぞれの秘密の謎を解く物語。この本は1969年に翻訳出版され、1973年、アメリカで、映画『クローディアと貴婦人』が上映された。フランクワイラーを演じるのはイングリット・バーグマンだ。
メトロポリタン美術館
9・11から3年後の2004年4月、ニューヨークを訪れた。広い、広いメトロポリタン美術館。20世紀アメリカの女性画家ジョージア・オキーフの絵を見たいとフロアを走り回って、ようやくたどりつく。
カーネギーホールの東、ル・パーカー・メリディアンホテルに泊る。5番街にあるトランプタワーは1983年築だから、この本が書かれた頃は、まだなかったんだ。
ブルーミングデールズで春のジャケットを買う。映画「恋に落ちて」でメリル・ストリープとロバート・デ・ニーロが出会う、ソーホーの書店・リッツォーリへ向かう。ジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスなどに愛された伝説のホテル・チェルシーも行ってみる。西から東、北から南へ地下鉄とバスを乗り継ぎ、足が棒になるまで歩く。バスで「シニア割引よ」と告げると、黒人の運転手が「ほんとにその歳かい?」とニヤッと笑って降ろしてくれた。あたし、若いと思われたんだわ、まあ、うれしい。
82歳のフランクワイラーが、12歳のクローディアにいうセリフ。「学んで内側に入っているものをたっぷりふくらませて、何にでも触れさせるという日もなくちゃいけないわ。そしてからだの中で感じるのよ。ときにはゆっくり時間をかけて、そうなるのを待ってやらないと、いろんな知識がむやみに積み重なって、からだの中でガタガタさわぎだすでしょうよ。そんな知識では、雑音をだすことはできても、それでほんとうにものを感ずることはできやしないのよ。中身はからっぽなのよ」。

あら、なんか同じことをいっている本があったわ。遠山啓著『競争原理を超えて ひとりひとりを生かす教育』のなかに。「好奇心をもって、ゆっくり考える」「クレバー」ではなく「ワイズ」な人間に。「できる」ではなく「わかる」ことが大切。「少なく教えて多くを考えさせる」。そして「子どもの側に立ち、子どもに向かって歩いていくこと」が何より教育の基本だと。
「能力主義」による「序列主義」がまかり通る。テストによる「序列主義」のゆきつく先は「国家主義」だ。「日本ほど世論操作の容易な国はない」と著者は言う。この本が出た1976年、すでに中教審は社会科に「神話」の導入を提言していた。
「答えに到達するプロセスはいくつもの道があり、その独創性こそが大事」という数学者・遠山啓は、計算練習のドリルではなく、数字のもつ量を体感しながら、自分で考え、わかる「水道方式」を提唱した。
1972年、遠山啓の「水道方式」の講演会にどうしても行きたいと、まだ3歳だった娘を初めて夫に預けて千葉から代々木の小学校へ出かけた。お話が少し遅れて3時までに帰る約束が過ぎてしまった。家に公衆電話をかけると「何しているんだ、遅い。早く帰ってこい」と怒鳴られ、電話の向こうでぎゃあぎゃあと泣く娘の声が聞こえた。今どきのイクメンとは違い、おむつを替えたこともなく、お風呂に入れたこともない人だったので、「仕方ないか」と諦めて急いで帰る。その7年後に遠山啓は70歳で亡くなられた。
ジョージ・オーウェルの『1984年』がいま、アメリカで読まれているという。「真理省記録局」に勤める主人公ウィンストン・スミスは、過去に発行された新聞記録を現在の政府の主張にあわせて改竄する「真実管理(reality control)」を行うのが仕事。指導者ビッグ・ブラザーは過去に予測して外れた事実は、現在にあわせて書き換えさせ、不都合な事実をなかったことにする。そして「平和のための戦争」「武力による平和」という「二重思考(double think)」が貫徹されていく。1963年、大学1年の英語の授業で原文を読む。「20年後、こんなことがほんとに起こるのかしら」と、なんともいえない恐怖を覚えたことを今も思い出す。
御所の桜
10歳くらいまでの子どもの世界は「現世」と「異界」を自由に行き来できるものだという。その年頃の子どもたちに差別する心は生まれないとも。ならばそのあいだに、ほんとに大事なことを子どもたちに伝えなければ。フランクワイラーに、そっと背中を押されて人生初の岐路を踏みだすクローディアのように。異界への旅立ちが近づいた老婦人と、異界からやってきてまだ日の浅い少女と。こんなふうに世代のバトンリレーがつながればいいなあと思う。
3月、東京の会議に出かけた折、娘と6歳の孫娘も東京の友だちに会いにいくというので同行した。後楽園で夢中になって遊ぶあまり、思いっきり転んで、くるぶしの軟骨を痛めたらしい。10日ほどギブスをつけて大人しく過ごす。4月に入り、遅い桜を待ちかねて、彼女を車椅子に乗せ、御所へお花見に出かける。やがて迎えた入学式の日。幸いギブスもとれて自由に歩けるようになった。
春うららの入学式。小学校はきっと楽しいよ。新一年生に幸いあれ。
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