

恒例の『みすず』「2016年読書アンケート」(No.65、2017年1・2月合併号)への回答。
編集部からの要請は「2016年にお読みになった書物のうち、とくに興味を感じられたものを、5点以内で挙げていただきますよう、おねがいいたしました(編集部)」とゆるい。
他のひとたちの回答も参考になる。細馬さんの本は他にも挙げているひとがいた。
ミュールホイザーは来日中。4/20に立命館大で著者を招いた研究会がある。上野は討論者として参加。
https://wan.or.jp/calendar/detail/4534
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みすず読書アンケート 上野千鶴子
⑴ メアリー・ルイーズ・ロバーツ『兵士とセックス 第二次世界大戦下のフランスで米兵は何をしたのか』佐藤文香監訳、西川美樹訳、明石書店、2015 年
⑵ レギーナ・ミュールホイザー『戦場の性―独ソ戦下のドイツ兵と女性たち』姫岡とし子監訳、岩波書店、2015 年
戦争と性暴力をめぐる2冊の重要な本が邦訳された。前者は日本語圏への紹介が橋下徹大阪府知事を通じてのものだったといういわくつき、後者は翻訳者の努力で英語版より日本語版が早く世に出た。両書とも、東アジアの「慰安婦」問題に大きな刺激を受けてなり立ったことを著者自らが書いている。アジア圏の「戦争と性暴力」研究は今や世界を牽引すると言ってよいが、この2冊の著作に大きな刺激を受けて、昨年ふたりの翻訳者を迎えてシンポを実施した。目下「戦争と性暴力」の比較史へ向けて、世代を超えた研究者に声をかけて、研究書を編んでいるところである。
⑶ 細馬宏通『介護するからだ』医学書院、2016年
介護系にはあいかわらず興味がある。本書は人間行動学者による介護施設の職員と利用者のあいだのインターアクションを、徹底した観察から分析したもの。現場を撮影した映像を0.1秒単位で細分化して、一瞬の相互行為の中でベテランの介護職がどんな「神対応」を行っているかをあきらかにする。言語に偏重した調査研究ばかりを読んだり書いたりしてきた身には、言語を介さない観察とその結果は目からウロコ。こんな研究方法があるとは知らなかった。だが、「神対応」があきらかになったとしても、それが技法として学習し伝達できるかどうかは、別の問題だろう。
⑷ 梯久美子『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』新潮社、2016年
評伝以上、文芸批評以上、文学研究以上のこの作品をどう名づければいいのだろう?狂気はfolie a deux(ふたり狂い)によって増幅され、そのあいだに、「書く」という魔が食い込む。緻密なテキスト読解によって明らかにされる「書くひと」「書かれるひと」それをまた「上書きするひと」の相互行為のなかで、言語が経験を構築するという現場のそら怖ろしさに身の毛がよだつ。
⑸ 松田青子『ワイルドフラワーの見えない1年』河出書房新社、2016年
年少の友人が勧めてくれた本。小説を読んでも感心したことがめったにないのに、本書で端倪すべからざる才能に出会った。年末には新作『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社、2016年)が出たが、どちらかといえばショートショートの集合であるこちらのほうが好み。詩、散文、アフォリズム、物語…どのジャンルに属するといえばいいのだろう。才能が疾駆している。
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