
平均年齢70歳の女たちの読書会。今回は上野千鶴子著『女ぎらい ニッポンのミソジニー』(紀伊國屋書店)を読む。5月、初回の当番。私見を入れてレジュメをつくる。
第1章、「女好きの男」のミソジニー。「女ぎらい」なのに「女好き」。女を性欲の道具としか見なさない、「女という記号」だけで反応する「パブロフの犬」のような「女性蔑視」の男たち。
まさにトランプ大統領の顔に「女好きの男」のミソジニーが映し出されている。それにしてもメラニア夫人の、あの高い、高いハイヒール。あれは現代の纏足ではないかと思ってしまうんだけど。
ミソジニーは男女非対称だ。男の「女性蔑視」と女の「自己嫌悪」が非対称に働く。「女でなくてよかった」と男は言い、「女に生まれてソンをした」と女は思う。そんな男に絶対、なりたくない。
代表的な作家に吉行淳之介と永井荷風がいる。『男流文学論』(上野千鶴子・小倉千加子・富岡多惠子/筑摩書房)の冒頭に吉行淳之介をもってきたわけは? 「吉行を読めよ。女がわかるから」とのたまう男の「妄想」や「性幻想」の共演者に女がなってはいけないと思うから。


吉行の本は読めば読むほど腹立たしい。だけど最後まで読ませてしまう文章力が憎い。それに吉行をめぐる3人の女、本妻と女優と『暗室』のモデルとなった女性が、吉行の死後、それぞれ吉行のことを本に書いているのも、なんだか悔しい。
もう一人の作家、永井荷風。安岡章太郎、遠藤周作、小島信夫らとともに「第三の新人」と並び称された吉行が、憧れ、あるいは「仮想敵」とした作家だけど、なんか風格が違うんだなあ。『濹東綺譚』の飄々とした名文もいい。『断腸亭日乗』昭和20年8月15日の日記、玉音放送を知って「あたかも好し、祝宴を張り皆々酔うて寝に就きぬ」の下りなど、世捨て人ゆえの時代を見る目が、なんとも冴えている。
1970年、吉行淳之介の『暗室』は埴谷雄高の『闇のなかの黒い馬』と並んで谷崎潤一郎賞を受賞。同年、朝日新聞の「文芸時評」で石川淳が『暗室』の書評を書いている。その切り抜きが、本棚から抜いた箱入りの古い本の中に挟まれていた。赤茶けた紙面には「もっぱら「快感」のためにのみ。他のすべてをいらないもの、もしくは危険なものとして切断していく道程に精神力の集中がある。その底流には「男の悲鳴」がある」と書かれてあった。
もう一人、水田宗子は『物語と反物語の風景』で近代日本の男性文学を「女への逃走」と「女からの逃走」のキーワードで読み解く。「男は公的世界からの逃避を求め、記号としての<女>に向かう。そこでみた女が「不可解で不気味な他者」であることを知り、ふたたび男は女からの逃走を試みる」。一方、「女は早々と男という現実にめざめて男の代わりに女に、つまり自分自身に向かった」と書く。
そこで上野は、ただひとり「逃げない男」として『死の棘』の島尾敏雄を採り上げる。「異形の他者」としての妻・ミホを「異形の他者」のままに受け止め、そこから決して逃げようとしなかったがゆえに、男の中の希有な存在として認めると。果たしてそうなのだろうか?
男の度重なる裏切りから狂気に陥ったミホが、女の「母性」と「巫女性」という暴力で男を引き寄せ、引きずりこむことで同化し、許し合ってしまう関係に、どうしても頷けないものを感じて、ずいぶん昔に書いた自著、『関係を生きる女(わたし)』(批評社)の「女と男の対関係」の章で、「愛はもともと独占的であるはずはなく、揺れ動くのをとどめることはできないように思うのだが」と結んでいた。
第2章、ホモソーシャル・ホモフォビア・ミソジニー。男の値打ちは同性の男から「おぬし、できるな」と称賛されるのが「選ばれた男」というのだが。つまり男たちの連帯ということか。
ホモソーシャリティ(性的でない男同士の絆)は、ミソジニー(女性蔑視)によって成り立ち、ホモフォビア(同性愛嫌悪)によって維持されるという三題噺。男は、女を同等の性的主体とはけっして認めない。だが、男が主体化をとげるためには女という他者に依存しなければならないという背理。そこで上野は「性差別」の定義を、「女を他者化(モノ化)することによって、それを共有する男たちが同一化する行為である」とする。そのような「共同行為」としての差別や排除が必然的に暴力を生むのだとすれば、その暴力の行き着く先は?
「戦時強姦の目的とは、男同士の連帯を高めるため」と彦坂諦(『男性神話』)がいうように、今なお戦時強姦は絶えず、平時の集団強姦事件も後を絶たない。なぜ戦時強姦者が罰せられず、平時集団強姦者に猶予刑が許されてしまうのか。
「「男の性が貧しい」というとき、男が性的主体になるなり方そのものが、逸脱と多様性を排除した定型的なものであることにまで、さかのぼって考察しなければならない」と上野流の痛烈な男批判が、小気味よく展開されてゆく。
だけどまあ、私自身も学生時代、「性別二元制のジェンダー秩序」にからめとられていたとしか思えないことばかりだった。1964年、東京オリッピックのあと、重量挙げで金メダルをとったソ連のジャボチンスキーが大学へやってきた。共産党の分派「ソ連派」志賀義雄一派に呼ばれて。そのセクトの男子学生に「君、ジャボチンスキーに花束をあげてくれないか」とオルグされ、ミーハーの私は「うん、いいわ」と舞台に立つ。握手したジャボチンスキーの手は、なんだか柔らかく、あたたかだった。
1965年、「日韓条約反対」デモに明け暮れる。所属する「新聞会」にはブント、中核、核マル、第四インターの各セクトの学生たちが内ゲバもなく、ワイワイとたむろしていた。たしか山村工作隊の生き残りの先輩も、いたっけ。
そんな運動のなか、もやもやと性差別的な違和感を覚えても、大状況しか語らない男子学生は「女に政治はわからない」「いつか革命が起これば性差別はなくなるんだ」と断言し、「そうなのかなあ」と首をかしげたことが何度もあった。まだウーマン・リブも知らなかった頃に。
ただその頃、どこかで聞いたギリシャのアリストパネスの喜劇「女の平和」に胸のすく思いをしたことがある。ペロポネソス戦争にうつつを抜かす男どもに対し、女たちがセックス・ストライキで戦争をやめさせようと試みる。しかも敵・味方同士のアテナイとスパルタの女たちが手を組んで。
いま世界各地で、ミソジニーが、まさに戦争を呼び起こしそうな危険なときこそ、現代の「女の平和」が待たれるのではないかと、夢想してみたくもなる。
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