
2015年8月、文部科学省が、内閣府の協力を得て、高校保健体育の啓発教材『健康な生活を送るために』(平成27年度版)を改訂・発行した。
そこに「健やかな妊娠・出産のために」という項目があり、妊娠しやすさのピークは22歳とする「妊娠しやすさの年齢による変化グラフ」が掲載されていた。
そのグラフのデータが改竄されていることがすぐにSNSで指摘され、そのことが新聞報道されると、文科省は直ちにグラフの正誤表を出した。ところが修正が不十分だった。
問題のグラフは産婦人科の重鎮で少子化対策の内閣府参与が提供したもので、単純なミスだったと謝罪した、と報道された。
だが教材を点検すると、他の箇所も高校生に「若いうちに子どもを産め」とするかのようなプレッシャーを与える内容にあふれていた。
たとえば「子供を産み育てられる社会に向けて」の項目には、子どもは「生きがい・喜び・希望」とした回答の割合が実際よりも高く示されていたり(これものちに正誤表が出された)、高齢での妊娠・出産の危険や不妊の脅威と不妊治療を奨める記述まであった。
この内容を問題視した私たちは、この教材の使用中止・回収を求める会を立ち上げ、緊急集会を開いた。
その集会で採択した要請文と、教材の問題点を指摘したぶ厚い資料を文科省と内閣府に送付し、後日、担当者と面談した。
調べるうちにわかったのは、2015年の少子化社会対策大綱に「学校教育段階において、妊娠・出産等に関する医学的・科学的に正しい知識を適切な教材に盛り込む」ことが加わったこと、それは産婦人科医などの専門家団体の要請によって入れられ、それを具体化した第一弾がこの啓発教材だったことだ。
改竄データを使って、医学的・科学的知識だとして高校生や若い人に早い出産を奨励する。「女性手帳」の試みや、さらに遡って「産めよ殖やせよ」という生殖を管理しようという意図、セクシュアルマイノリティを不可視化し、障がいをもって生まれることを否定的に記述した内容などに危機感を抱いた会のメンバーは、その後もシンポジウムを開き、各自が論文やミニコミ等のコラムを発表し、そして、この本を作った。
この本は、そのアクションの記録と、少子化対策として展開されている施策の説明と批判、人口政策と生殖管理の歴史、そして、高校生や若者に必要な情報や教育をまとめたものである。
実は、出版直前に、年度末の異例の時期にもかかわらず啓発教材の2016年度の「改訂版」がひっそりとHPに掲載された。少子化対策であることが露骨にわかる内容はすべて削除されていた。
学校教育に少子化対策を浸透させようとした第一弾はなんとか撤回させることができた。
が、同様の動きは地方自治体にも拡がっている。この本を、身近な「産めよ殖やせよ」の陰謀に気づき、アクションを起こすための資料に使っていただきたい。
(柘植あづみ)
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