現代思想 10月号 第44巻第19号

論考 上野千鶴子ほか
青土社 発行
2016年10月 発行

2016年7月26日、神奈川県相模原市津久井やまゆり園で、入所していた障害を持つ19名の方々が命を失い、20人以上の方が重軽傷を負うという事件が起きた。1年という年月がながれた今、振り返る。わたしはこの事件について、どれほど関心を持ち知ろうとしただろうか。当初、メディアで取り上げられていたのは目にしていたが、正直、自分に引き寄せて考えることはなかった。

『障害と高齢の狭間から』というタイトル。その寄稿のなかで、上野さんは言う。高齢になること、つまり齢(よわい)を重ねるということは、弱い(よわい)を重ねる、ということ。加齢することは、身体的にも、精神的にも、知的にも、中途障害者になること、と。 わたしたちが暮らす超高齢化社会。人は誰でも平等に年月を重ねる。若いときは考えもしなかった、思いもよらなかった現実が、加齢とともに忍び寄る。

『超高齢化社会とは、どんな強者でも強者のままでは死ねない、弱者になっていく社会。』『それだからこそ弱者にならないように個人的な努力をするより、弱者になっても安心して生きられる社会を、とわたしは訴えてきたのだ。』

ある一冊の本との出合いが、運命的に人生の軸を動かすチカラをもつことがある。それに値する経験をした。わたしが今、生かされている現実を見つめながら、目を閉じる。この経験がこれで終わることなく、はじまりを意味することを、今じっと噛みしめている。

■ 堀 紀美子 ■