今回は北欧のデンマークの作曲家、ベンナ・モー(Banna Moe)をお送りします。デンマークで1897年に生まれ、1983年に亡くなりました。デンマークを代表する女性作曲家としてよく知られた存在です。富裕層の家庭に育ち、兄が二人いる家庭の、一人娘でした。あいにくモーに関する資料は限られていましたので、両親に関する記述は見つけられませんでした。

 モーが音楽に興味を持ったのは、通っていたゲントフテ(Gentofte)の女子のみの小学校でのこと、学校行事のパーティや家族参加のイベントなどで刺激を受けるたびに、眠っていた才能が開花して行ったのでした。ちなみにゲントフテは、首都コペンハーゲンの北部、現在はコペンハーゲンの通勤圏です。

 作曲を試すようになったのは12歳の頃、その後の長いキャリアの始まりでした。とは言え、両親が音楽教育にあまり熱心ではなかったことも手伝い、「こども音楽学校」でしばらくピアノのレッスンを受けた後、学校を通してオルガン教師にピアノ個人レッスンを1年半ほど受けました。1915年、18歳の時には音楽学校の入試を受けるに十分な実力が身についていましたので、オルガン科を受験し、審査員満場一致で入学許可を得ました。

 兄の一人がモーの才能を買い、絶えず応援していました。後年は経済的な援助を惜しみませんでした。この兄は出版社を営み書店の経営者でもありましたので、妹の作品が間違いなく出版されるよう労をいといませんでした。そして、アメリカの出版社へのコンタクトも積極的に行い、作品はアメリカのアーサー・P・シュミット(A. P. Schummidt)が出版しました。ちなみにシュミット氏は、19世紀後半のドイツ・ライプチッヒからの移民で、ボストンで出版業を営み、主にニューイングランド楽派の出版を手がけ、その中には、エイミー・ビーチ(エッセイシリーズⅠの第6回)もいました。ビーチの相当数の作品がシュミット氏の元から出版され、現在もIMSLP、著作権切れの楽譜のフリーダウンロードサイトで、シュミット氏発行の楽譜を目にします。

 その後、1930年頃は作曲家、オルガン奏者、ピアニストとしての輝かしいキャリアに加えて、メゾソプラノの美声を生かし歌手としても活躍しました。1933年にはデンマーク放送ラジオに出演し、自身の歌曲を歌い好評を得ました。シンプルな美しいメロディは、ロマンティックなものからスケールの大きなものまで多岐に渡ります。加えて、後年は指揮者として舞台に立つことも数多くありました。1934年には唯一の弦楽四重奏曲を作曲し、オーストリアの女性だけによる弦楽四重奏団によってウィーンで演奏されました。しかしながら、せっかくオルガン奏者として働いた職場で、1年後には男性オルガニストに席を譲らなければいけない事態も起こり、悔しい思いもありました。当時のデンマークは、他の北欧諸国と同じく、男女の平等意識が現在の豊かな状況に向かう、まだ発展途上の時期でした。

 度々お隣のスウェーデンに招かれ、スウェーデン放送に出演しては自作を演奏し、ミリタリーバンドで指揮をしたり、1941年から1948年には長期滞在し活躍しました。1944年にはコンサートツアーで22日間各地を回り、また、教育者としてスウェーデン各地で貢献しました。ちなみに、最後の演奏はスウェーデンで、80歳の時に行われたそうです。

 モーは1913年には、デンマーク人女優、映画や劇場で人気スターだったヨハンネ・ルイーズ・ハイベルグ(Johanne Luise Heiberg)の生誕100年記念に作品を書きました。また、1916年にはデンマーク王室のマルグレーテ二世王女(現在の女王)の結婚式のために、ウエディングワルツを作曲しました。ちなみに、デンマーク王室は、それまで王位継承は日本と同じく男子のみでしたが、1953年、法律改正により女性王族の継承も認められ、マルグレーテ女王が誕生した経緯があります。

 今年2017年は、デンマークと日本の外交関係樹立150年、その記念として、10月10日にフレデリック皇太子ご夫妻がデンマークから来日をなさいました。オーストラリアから嫁いだメアリー皇太子妃も含めて、デンマーク王室は日本にファンが多いようです。モーの作品はフレデリック皇太子の結婚式(2004年)にも演奏されました。曲目はAlpine Suites ( アルプス組曲/筆者訳)より第2楽章 Shepherd’s Flute (羊飼いの笛/筆者訳)でした。

 他の作品には、ピアノ曲作品6と作品9の Instructive Studies ー為になる練習曲(筆者訳)、バレエ音楽 The Ballet Hubrisは1930年にロイヤルバレエで初演されました。他にはカンタータ、オルガンのためのコンサート用組曲、カンテリーナ(オルガン)レジェンドなどが残されています。

 モーは生涯結婚をすることなく語学教師の女性の友人と暮らしました。この友人が彼女の旅費のサポートなどをしたそうです。モーの作品は亡くなった後ほとんど聞かれなくなっていました。過去のエッセイでご紹介した、セシル・シャミナード(フランス)やエイミー・ビーチ(アメリカ)等と似た現象です。亡くなったのは1983年、今からわずか34年前にも関わらず、デンマーク語の資料も極端に少ないのは返す返すも残念なことでした。

 しかしながら、近年、デンマーク人ピアニストが「デンマーク女性作曲家」と題したCDを出版し、モーの練習曲もそこに収められています。デンマーク放送局DRのサイトでは、モーの作品は静かな人気があり、たびたび演奏されるようになりました。

 この度の演奏は、Instructive Studies (為になる練習曲)作品6-2。あいにくウィーンの楽譜屋さん他、どこにも楽譜が見つかりませんでしたので、筆者が音源から書き取り、演奏しました。”練習曲”とは思えないほど美しいメロディーの曲です。一方、練習曲として見たとき、右手のアルペジオ(分散和音)の勉強と、左手にメロデイが来る時は、左手の独立性とレガートを身につけること、両手のバランスを学ぶことを意図したのだろうと思います。他の練習曲も一様に、心地よいメロディーと、学ぶべきテクニックを併せ持った曲集に、今後は世の中の認知が広まることを切に願います。

 なお、最後に11月18日にブダペスト、12月23日に東京で行われるコンサートのチラシを掲載しておきます。どうぞお出かけください。

参考資料 References
・デンマーク公共放送DR Women of the week, Benna Moe
http://www.dr.dk/musik/kunstner/benna%20moe/6342
・Benna Moe Wiki https://en.wikipedia.org/wiki/Benna_Moe
・CD -"Romantic Piano Works by Danish Women Composers," pianist: Catherine Penderup,Program note by Gary Higginson
・ナクソスCD案内(日本語)https://classicalconditioning.wordpress.com/2015/06/20/suggested-listening-presto-e-leggiero-instructive-study-no-1-op-6-by-benna-moe/ Classical Conditioning by Carly Gordon https://classicalconditioning.wordpress.com/2015/06/20/suggested-listening-presto-e-leggiero-instructive-study-no-1-op-6-by-benna-moe/

Special thanks to my personal friend, Henriett Primacz for the research and translation from original Danish sources. She is an associate professor of the Corvinus University in Budapest, Hungary. Her area of interests are gender, diversity management, cross-cultural management and organization theory.
 ブダペストの友人ヘンリエット・プリマツィはオランダ語に精通していて、今回のリサーチに大きなご尽力を頂きました。ハンガリーの名門コルビヌス大学で、ジェンダー論、ダイバーシティー・マネージメント等の授業を担当する気鋭の学者です。数々のご協力に心よりお礼申し上げます。