パタゴニア紀行<前編>はこちらでお読みいただけます。
写真⑦〈草原〉
写真⑧〈バスから見る景色〉
氷河と万年雪を抱く山々、ならびにある場所では見渡す限りの草原をバスは走る(写真⑦⑧)。ところどころ放牧された羊や馬を見かける。
写真⑨〈羊の群れ〉
道路を渡る羊の大群に囲まれてしばらく停車するのもご愛嬌(写真⑨)デ・ジャヴェ(既視感)のもとをたどれば、一昨年訪れたアイスランド。あそこも氷河から流れて作られたラグーンに、植林された木々と見渡す限りの低い山々。違いは火山の有無であって、パタゴニアには火山がない。
エル・カラファテという北方の街で、アルゼンチン側に国境を超える。そして最後の街ウシュアイアまで1時間のフライト。ウシュアイアなら聞いたことのある地名で、南極行きの基地でもある。到着時は雪交じりの寒い天候であったが、翌日は見事に晴れた。日中の気温も晴天では5C。程度には上がる。到着後すぐにビーグル水道(細い湾)のナビゲーション。降ったりやんだりの変わりやすい天気。船外に出ると寒気と強風。島々でコロニーを作っているオットセイや水鳥はいたが、クジラは居なかった。
写真⑩〈市内の様子〉
翌日よく晴れて、市内観光(写真⑩)。伝説的な刑務所が建設当時のまま残されて博物館になっている。M・フーコーのいうまさしくパノプティコン(1箇所の監視所から全部が見渡せる)。寒い地域の森林地帯、逃げ出した囚人はほとんど途中で命を落とした、という。日本の網走を思い起こさせた。木々を切り出すために囚人の作った鉄道で蒸気機関車に乗った。これは単なる観光用である。バス路線に添いつつ、そこからは見えない下方の場所の中を走る。
写真⑪〈ウシュアイア市〉
写真⑫〈ジャカランダが満開のブエノスアイレス〉
ウシュアイア市は、現在人口が8万人もいて、年々増加している、と。安全できれいな場所だから(写真⑪)。自然を愛し引っ越してくる人や、仕事上の転勤とか。仕事はあるのかと、聞けば産業があって、プラスティック、ナイロン、ファーブリックス、それに電子産業の部品作りで、日本や台湾から部品を仕入れるとか。もちろん観光は目玉である。夜はホテルの大きないろりで焼いたラムのさよならパーティ。ちなみにどこも同じストーリーであることが、残念だが、この地方に住み暮らしていたインディオのヤーガン族は1925年の後半には絶滅している。ウシュアイアの小さな広場に「インディオに捧ぐ(アル・インディオ)」と書かれた記念碑が建つのみである。ブエノスアイレスでそのまま帰国するのは私ぐらいで、仲間はまたそこから羽根を延ばすようだ。解散地、ブエノスアイレスは紫色のジャカランダが満開で(写真⑫)、ブーゲンビリアとの取り合わせが見事であった。
〈パタゴニアは夢想の地か?〉
私はどうもパタゴニアに、亡命者・流浪者(exiles)、あるいはアナーキー連中が放浪の果てに吹き寄せられた地の果て(the end of the world)というイメージを持っていた。PCで持参衣類のための地域気温しか検索しなかったせいもあって、無知蒙昧の来訪であった。日本では聞いたこともないような都市の一つひとつが、見事に観光地化された名所だったのである。初夏とはいえ観光客で賑わい、滞在地はどこも土産物屋とホテルとレストランで整えられている。若者が盛夏になって、キャンプやトレッキングで森林の奥深く入れば、別のものを見ることになるのであろうが。
なぜ私が勝手にロマンティックなイメージを持っていたかは、ひとえに『パタゴニアふたたび』(B・チャトウイン、P・セルー著 池田栄一訳 白水社 2015)に負うところが大きい。本書は1985年の初版以降改正はしていないようだが、著者二名とも「文学的旅行者」を自称するのであって、多数の文学作品が登場する。文学好きの私には見逃せない書物ゆえの影響は顕著である。例えば、W・H・ハドソンによる『パタゴニア流浪の日々』(柏倉俊三訳 山洋社)には「パタゴニアを知ることは、より高次の生き方、つまり、人間の思想とは全く無縁な“自然”と調和して生きる生き方を意味した」と。ハドソンはこれをアミニズムと呼んだ。空虚さ、荒涼とした風景、思考の停止。自生する動物たちのまどろむ世界。
また、19世紀初頭パタゴニアを訪れた時ダーウインが乗ったパタゴニアの船ビーグル号船長の著作『南極への航海』が、エドガー・アラン・ポーの机上にあったとか。ポーは同船長の別の本に触発され、「狂気じみた自己破滅的な」航海小説『アーサー・ゴードン・ビムの物語』を書いた。十九世紀最も厄介で最も異彩を放ったといわれるこの本に刺激されたドストイエフスキーは、めったに書かない文芸批評を書いた。そして『アーサー・ゴードン・ビムの物語』の仏訳者が、ボードレールという事情等々。これらの文豪にかくも憧れられた地域だったのか!と思うではないか。「、、実際にその地を踏んだダーウインやW・Hハドソンは別にしても、シェイクスピア、ダンテ、コールリッジ、メルヴィル、ポー、テニスン(以下略)などは、この“地の果て”に魅せられた架空の旅人であった」(訳者あとがき)。一人のツアー客として観光地の順路に沿い、現在のパタゴニアを見てきたが、『パタゴニアふたたび』が18、19世紀のあの時点で止まっているとしても、私にとってはいまだ、夢想の地である。そうしておこう。
〈人はなぜ旅をするのか〉
人はなぜ旅をするのか。旅を単純に2つのパターンに分けてみよう。一つは必ずそこに帰ってこられる(ねばならない)というブーメラン型と、居場所がなく(気分的にも)糸の切れた凧のような風来坊的な心情の旅人。紹介した本の登場人物は全員このカテゴリーに入りそうである。
そこで、前者を日常からの脱出型で、後者は日常性を求めて、、?としてみる。だが日常からの脱出といっても、食べて寝て、どこかに出かけて、その繰り返しだとすれば、そこには日常性が出来する。旅先で写真を取ったり(インスタグラムに投稿して、“いいね”をもらう?)珍しい土産物を買ったり(日本などにはあらゆるものがそろっている)、新しい仲間に出合って、友情をむすんだり。元の居住地における(社会的)義務がほとんどない、といえばそのとおり。長いトレッキングはできませ~んといってバスに残ることも、ベジタリアンだといって、ラムを食べない選択はできる。日常性の大枠内で、選択がより自由だとはいえばいいか。「糸切れタコ」を自称する私が、『パタゴニアふたたび』に感情移入するのは容易である。
見たい、という視覚の欲望、聞きたい、感じたい、という五感の欲望。このような根源的な(と言えるかどうか)欲望が自由に解放される未見のサイト。それが旅という場所。感動したいという欲求(ちなみに日本ではこの言葉が大流行り。そんなに簡単に感動しないでよ!)。そしてニンゲンだけが、この五感を満たしたいという奇妙な欲望をもっているというわけなのだろう。「動物」はただ生き延びることにしか五感を使わず考えないのだから。ニンゲンのこの欲望は果てしない。月、火星(?)まで行って生き延びたいというのだから。
旅の中で、「自己」に出合える?かもしれない。若者の特権だと思っている。今はこれについては置きたい。
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