師走は何かと忙しい。それに娘と孫が同時に、まさかのインフルエンザに罹った。昔からインフルエンザワクチンは打たないことに決めている。仕事に追われて、絶対にうつるわけにいかない。気を張って家事と二人の世話をして、うつらずにやり過ごせたのは、私にしては上出来。
ひと山超えたと思ったら、熊本の90歳の叔母が腰を痛めたらしい。94歳の母との二人暮らしだ。ゆっくりなら動けるという。近くに住む従姉妹が「大丈夫よ、任しといて」といってくれて、連絡をとりあって対応する。地域包括支援センターに電話で介護認定を申請するが、要支援で受けられるサービスはデイの入浴と配食サービスだという。二人して「デイサービスは行かんけんね」と言い張るから、サービスも使えない。それでも年末、魚屋さんが鯛やブリのお刺身をもってきてくれて、お雑煮など一応、お正月の準備ができたというのでホッとひと安心。みんなのおかげと感謝する。
京の年の瀬。お掃除とお買い物と手づくりのおせち料理を、娘と手分けして準備する。一の重、二の重、三の重、与の重と詰めていく。野菜が高い。京風雑煮大根もちょっと高め。しぐれ煮用の牛肉を三条寺町・三嶋亭に並んで買うのも毎年のこと。大晦日、やっとお正月の支度が整った。
元日はおだやかなお日和となる。お屠蘇とおせちとお雑煮でお祝いし、みんなの無事を感謝する。和食大好きの7歳の孫娘は一人前に平らげる。ずっと昔に別れた私の元夫の家へ娘と孫が年始の挨拶に向かう。その間、一人でゆっくりとお留守番。
初詣は八坂神社へ。孫が引いたおみくじは「大吉」。こいつぁ春から縁起がいい。円山公園のすぐそばの長楽館は明治42年(1909年)、煙草王・村井吉兵衛が建てた迎賓館だ。今はホテルとレストランになっている。メニューを見て孫は「これ!」といって譲らない。フランスの新年の祝い菓子、Galette Des Rois(ガレット・デ・ロワ)。パイ生地にアーモンド餡が入り、一年を幸運に過ごすようにと小さい陶器の「フェーブ」(空豆のクジ)がついている。うん、確かにおいしそう。
お茶のあとは清水寺へ、お参りの人波をぞろぞろと歩く。中国人観光客が着物を翻し、サングラスにブーツ姿で闊歩するのもユーモラスでお正月らしい。ユリカモメが舞う鴨川沿いに三条から自宅まで歩いて帰る。ケータイの万歩計が2万歩を記していた。
三日は大阪・扇町キッズプラザで遊ぶ。「子ども寄席」の落語に子どもたちが大笑い。「ハーイ」と手を上げ、「じゅげむじゅげむ」と早口言葉を競う。孫も舞台に上がって大にこにこ。
一筋横の天神橋筋商店街は南北にまっすぐ続く日本一長い商店街。南へ進むほどに人波が増えてくる。大阪天満宮へのお参りの人たちだ。すぐ隣の寄席「天満天神繁昌亭」も満員札止めだった。
四日、五日は亀岡の湯の花温泉でゆっくりと。母と叔母も、お正月を穏やかに迎えられたらしい。「よかなあ、温泉は」「春三月には父の50回忌に熊本へいくからね」と、電話の声は元気そう。

ルージュの手紙
年明けにお目当ての映画を2本。カトリーヌ・ドヌーブ主演「ルージュの手紙」と、カズオ・イシグロ原作『日の名残り』の映画化をアンソニー・ホプキンス主演で見たいと思った。女と男の歳の重ね方にどんな違いがあるのかなと確かめたくて。
「シェルブールの雨傘」(1964年)以来、憧れの女優カトリーヌ・ドヌーブは、なんと私と同い年。あんなに妖艶になれたらいいなあ。
パリ郊外で助産師をしているクレール(カトリーヌ・フロ)に、30年前に行方がわからなくなった後妻の母ベアトリス(カトリーヌ・ドヌーブ)から電話がかかる。ベアトリスの失踪後、父が自殺したこともあり、クレールは義母を受け入れることができない。生真面目なクレールと自由奔放なベアトリスと。正反対の二人がどのように互いを受け入れ、新たな関係を紡ぎだしていくか。
出産シーンが何度も出てくる。誕生と死と。「死ぬのはちっとも怖くないわ。自由に生きてきたから」とベアトリス。脳腫瘍を患い、死期が近いことも知っている。それでも酒とギャンブルに明け暮れる日々。「ほしいものは何もないわ。好きなように生きるだけ」とクレール。おしゃれもせず、一人息子を育てあげ、休日は菜園で無農薬の野菜を育てる。隣の区画を耕す長距離トラックの運転手ポール(オリビエ・グルメ)はクレールの男友だち。女たちに控えめな男のありようが、なかなかいい。監督・脚本は女性映画の名手、マルタン・プロボ。
老いも死も奔放に自ら選びとっていくベアトリスを、カトリーヌ・ドヌーブが見事に演じる。こんなふうに歳を重ねられたらいいなあ、だけど難しいなあと思う。

昨年12月10日、ノーベル賞授賞式後の晩餐会。カズオ・イシグロは、長崎で被爆した母の言葉を引き、「平和の重さを知らしめる大切さ」をスピーチしたと、毎日新聞東京学芸部・鶴谷真記者が報じている(2018年1月10日付、毎日新聞「記者の目」)。イシグロの信念は「小説は事実ではなく真実を伝える手段」だという。真実とは人間の行動原理であり、もっといえば人間は自分にウソをつくということだと。
カズオ・イシグロのブッカー賞受賞小説『日の名残り』(1989年)は、長年、英国貴族に仕えた老執事スティーヴンスのモノローグ仕立て。来し方を振り返りながら、元主人ダーリントン卿が対独宥和主義者としてナチス・ドイツに与した「真相」をぼかす語りや、女中頭ミス・ケントンの恋心を知りつつも慇懃に切り捨てるくだりなど、執事の「品格」の鎧をまとい、心の奥の本心にウソをついてきた過去を描く。イシグロは、ウソを見ようとしない人間を書きつつも、なお人間への限りない信頼と勇気を暗示する。翻訳者・土屋政雄の、品のよい日本語訳が、なんともいい。
映画は主人公スティーヴンスを演じるアンソニー・ホプキンスが、実にうまい。2時間立ち見で見た甲斐があった。書物で文字から読みとる深みを、スクリーンに映る俳優の表情が、さらに深く想像させてくれる。これが映画の醍醐味か。原作がいい。映画もいい。新春、いい時を過ごせた。
歳を重ねるということは、過去への旅と、旅の終わりへと向かう長い道のり。歩みは人それぞれ、その人次第。じゃあ私は? あともう少し、この道を楽しみながら歩いていく「時」がほしいなと思う。
「ルージュの手紙」(C)CURIOSA FILMS-VERSUS PRODUCTION-France3CINEMA(C)photo Michael Crotto
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