撮影:鈴木智哉

ケース
 私は夫に子どもたちと1ヶ月したら必ずアメリカに戻ると約束して、7月に日本に戻りました。しかし、その後夫からもしばらく日本にいるように言われ、子どもたちと日本で私の実家で暮らしています。夫の了解を得て日本の学校へ行かせるようにもなりました。しかし、その後夫とアメリカへの帰国について意見が対立するようになりました。夫が申し立てたハーグ条約実施法による子の返還申立てで、11歳の子どもはアメリカに戻ることを強く拒否し、6歳の子どもも拒否的で、またお兄ちゃんと離れたくないと言いました。それから、夫がアメリカで仕事を失い、子どもたちを養うことができないことも明らかになりました。それでも、裁判所は、夫の返還の申立てを認めました。
 子どもたちはそれでも戻りたがりません。
 裁判所の決定後、夫はアメリカの自宅を明け渡す事態となりました。子どもたちが戻ったところで、住むところのあてもありません。それでも、子どもたちはアメリカに戻らなければならないでしょうか。子どもたちはとても嫌がっています。

 ◎返還拒否事由があっても裁判所が一切の事情を考慮して返還を命ずる場合も
 前回、ハーグ条約実施法の規定する事件の手続や、返還事由・返還拒否事由について説明しました。

 本件のもとになったのは、最高裁第一小法廷平成29年12月21日決定(裁判所ホームページ院掲載)の事案です。子ら4人全員を米国に返還するよう命ずる決定を出した2015年1月の大阪高裁の決定は、年長2子については、条約実施法28条1項5号の返還拒否事由である「子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮する子が適当である場合において、子が常居所地国に返還されることを拒んでいること」があると認めました。しかし、一切の事情を考慮して、常居所地国に子を返還することが子の利益に資すると認めるときは、子の返還を命ずることができるという、ハーグ条約実施法28条1項ただし書を適用すべきとしました。そして、年少の2子については、返還拒否事由がないとし、子ら全員を米国に返還するよう命ずる決定を出し(変更前決定)、決定は確定しました。
 父は子らの返還の代替執行を申立てたところ、執行官が子らを説得したり、年長の2子を父と会話させたりしましたが、執行不能で終わりました。
 父は、変更前決定の確定後、居住していた自宅を明け渡しました。

 ◎終局決定の変更
 ハーグ条約実施法117条1項は、以下の通り、事情の変更があれば子の返還を命ずる終局決定の確定後の変更を定めています。「子の返還を命ずる終局決定をした裁判所(その決定に対して即時抗告があった場合において、抗告裁判所が当該即時抗告を棄却する終局決定(第百七条第二項の規定による決定を除く。以下この項において同じ。)をしたときは、当該抗告裁判所)は、子の返還を命ずる終局決定が確定した後に、事情の変更によりその決定を維持することを不当と認めるに至ったときは、当事者の申立てにより、その決定(当該抗告裁判所が当該即時抗告を棄却する終局決定をした場合にあっては、当該終局決定)を変更することができる。」
 このケースで、母は、この条文をもとに、変更前決定の変更を申し立てました。最高裁は、変更前決定の後、父が自宅を明け渡し、子らのために住居を確保することができなくなった結果、子らが米国に返還された場合の父による監護養育態勢が看過し得ない程度に悪化したという事情の変更が生じたとし、米国に返還されることを一貫して拒絶している年長の2子について、実施法28条1項5号の返還拒否事由が認められるにもかかわらず米国に返還することは、もはや子の利益に資するものとは認められないとし、同項ただし書により返還を命ずることはできないとしました。そして、下の2子のみを返還すると、子らを日米に分離することになる等一切の事情を考慮すると、実施法28条1項4号の返還拒否事由「常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐えがたい状況に置くこととなる重大な危険があること。」があると認められるとしました。
 以上により、確定後の事情の変更によって、変更前決定を維持することが不当になったとして、実施法117条1項により変更し、申立てを却下するのが相当とし、父の抗告を棄却しました。

 外務省によれば、実施法117条1項に基づく初の申立てだそうです(読売新聞2017年12月28日10時09分配信)。
 この判例を踏まえると、ケースの母は、実施法117条1項により、確定後の決定の変更を申し立てることにより、判例と同様に、決定の変更の判断を得られる可能性があります。