毎年、みすず読書アンケートに回答している。新刊・旧刊を問わず、その年に読んだ書物のうち、興味を持ったものを5点以内で、という条件は書きやすい。総勢145人の筆者によるアンケートは、それぞれの専門と関心を示しておもしろい。読んだ本を見いだすのもうれしいし、見逃した本も多く、発見があって、毎年わたしはこの読書アンケートを読むのを、たのしみにしている。
今年の回答を、『みすず』から転載する。
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みすず読書アンケート2017年 上野千鶴子(社会学者)
⑴ 熊谷晋一郎編2017『臨床心理学』増刊第9号『みんなの当事者研究』金剛出版、2017年8月
⑵ 川上未映子責任編集2017『早稲田文学』増刊「女性号」早稲田文学会、2017年
今年は2冊の雑誌増刊号を。いずれも編者の総力編集と言ってもよい力作だ。わたしは前者に「当事者研究としての女性学」を寄稿した。熊谷さんは「当事者研究は運動だ」というが、女性学こそその運動のひとつだった。
川上さんの「女性号」は故人・現役、短詩型・評論・散文に配慮した女性表現の現在。熊本日日新聞に書いた書評の一部を引用しよう。
「手に取って女性表現の質と量に圧倒されてみるのがいい。そしてこれがわたしたちのレガシー(相続財産)だと思えばよい。同じような「男性号」が出るだろうか?と考えてみたら、たぶんむりだろう。「女性号」が成り立つことこそ、周辺化されてきた者たちの、逆説的な特権なのだ。」(熊本日日新聞、大型書評「上野千鶴子が読む」2017年12月3日付け)
⑶ 下嶋哲朗2012『非業の生者たち 集団自決サイパンから満洲へ』(岩波書店)
中堅の研究者と共に『戦争と性暴力の比較史へ向けて』という編著を編んでいる(岩波書店、2018年2月刊行予定)せいで、今年は戦時期、引揚げ期、占領期等の性暴力体験について多くの本を読んだ。本書は著者から恵送を受け、今さらながら衝撃を受けた。集団自決の思想がサイパン、沖縄から満洲へと連動していたとは。今年は下川正晴2017『忘却の引揚げ史 泉靖一と二日市保養所』(弦書房)や小林弘忠2017『満洲開拓団の真実』(七ツ森書館)も次々に刊行。この8月にはNHK ETV特集「告白 満蒙開拓団の女たち」(2017年8月5日放映)でソ連軍性暴力被害者が初めて顔を出して証言するなど、画期的な年だった。
⑷ ヘイドン・ホワイト、岩崎稔監訳2017『メタヒストリー』作品社
ヘイドン・ホワイト、上村忠男監訳2017『実用的な過去』岩波書店
ヘイドン・ホワイトの翻訳が2冊刊行、前者の原著は1973年、版権を取得してから翻訳に30年近くかかっている。刊行記念シンポでは、ホワイトの持ち込んだ歴史への「物語論的転回」が歴史学者の共有の知になっていないことが指摘された。生存者の記憶と証言を扱う私たちの編著にとっても、重要な示唆を受けた。
⑸ 中村江里2017『戦争とトラウマ 不可視化された日本兵の戦争神経症』吉川弘文館
もう1冊、若手の近現代研究者による「沈黙の歴史」の発掘を。日本軍には惰弱な戦争神経症はあってはならないものとされた。それをわずかに残された資料と関係者のオーラルヒストリーから丹念に掘り起こした労作。兵士たちの孫世代に当たる著者が、こんなテーマを選んだということ自体が奇跡に思える。
(『みすず』「読書アンケート特集)2018年1/2月号収録」
上野千鶴子・蘭信三・平井和子編『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(岩波書店)2018年2月23日刊。