ことのほか寒かったこの2月、熊本に住む94歳の母が、しばらく入院した。寒さが堪えたのか、おなかの動きが弱まり、軽いイレウス(腸閉塞)を起こして急遽入院したのだ。
熊本市医師会・地域医療センターは2年半前、母が心臓ペースメーカーの手術を受けて命をいただいた病院でもある。かかりつけ医とのネットワークもいい。医師や看護師、医療スタッフ、お掃除のおばさんも、みんな親切で礼儀正しく、心優しいのにはほんとに感謝する。
容態が安定してすぐ退院となるはずだったが、自宅での療養に少し不安があり、訪問看護師やケアマネジャーとの連携が必要なため、「回復支援病棟」に移されていた。ようやく自宅近くの指定訪問看護事業所から週1回、訪問看護師がきてくれることになり、居宅介護支援事業所でのデイサービスのメドもつき、退院に向けたカンファレンスの日が決まった。急ぎ、退院1週間前、新幹線「さくら号」で京都から熊本へ向かった。
どうしても手が離せない仕事でいけなかった私に代わって、ありがたいことに従姉妹が、91歳になる叔母をつれて毎日、車で母を見舞ってくれた。おかげで元気な母の声を電話で聞くことができた。普段から気ままな母は「早よう家に帰りたか」という。自宅が一番いいのはわかっている。
カンファレンスは、病棟専任の医療ソーシャルワーカー、看護主任、居宅介護支援事業所の看護師、ケアマネジャーと家族で、退院後のケアについて話しあう。娘がいる限り、離れていても行かないといけない。娘といっても母と20歳違いの74歳の私に、向こうもびっくりされたのではないか。
母は要支援2。叔母に代わって自宅での腸のコントロール、薬のこと、かかりつけ医とのつなぎ、訪問看護やデイのことなど、一つひとつ尋ねると丁寧に答えてくださった。看護主任は母がデイに行きたがらないことをよく知っている。「何とか説得してみます」という私の肩をポンと叩いて「よろしく、お願いね」と笑って言った。
入院中、准看護師の卵の研修生がずっとついていてくれた。20歳の彼女は研修後の試験が心配そう。「勉強がきらいなんです。合格点の60点がとれるかな」「賢そうに見える子も20歳すぎたら、みんなタダの人よ。大事なのは、素直な気持ちとコツコツ精進が一番」と励ます。「はい、がんばります」とにっこり笑って、少しホッとした表情になった。きっといい看護師さんになってくれるだろう。
病棟内リハビリスタッフによる退院に向けた支援に同行する。高齢の方たちといっしょに体操する。小さい頃からおてんばな母は運動が大好き。小学生時代はリレーの最終ランナー。走り幅跳びで九州一になったこともある。遊び仲間は男の子ばかり、時々、男の子を泣かしては親に叱られていたという。だからリハビリで足を上げたり、手を動かすのはお得意。でも人形遊びやおままごとは大嫌い。
好みもはっきりしている。「病院はパジャマじゃないとだめよ」といっても、頑固に自分で選んだ生地を裁断して縫ったネグリジェしか着ていかない。足を高く上げるとみっともないんだけど、そんなことは平気の平左。
2月28日、無事退院。帰った途端に表情がパッと明るくなった。夕食は、おじやのご飯にサワラの焼き物、白和えに絹さやを添えて。ホウレンソウのお浸し、豆腐のお味噌汁、叔母の手づくりの高野豆腐と大豆の煮豆、黒豆も。ほんとにおいしそうに食べる。
朝食に私がつくった玄米と豆乳の天然発酵ヨーグルトを添える。そしたら食後しばらくして、お通じがあった。
手づくりヨーグルトのつくり方。玄米200g、天然水1ℓ、あら塩20g、黒砂糖40gを攪拌して数日間おくと、シュワシュワッと発酵する。原液をペットボトルにとり分け、冷蔵庫へ。残った玄米を炊くと、ほんのり香りがしておいしい。孫は玄米ご飯が大好き、パクパクとよく食べる。玄米の原液200ccに豆乳1ℓ、あら塩20g、黒砂糖40gを火にかけ、室温で冷ますとトロリとヨーグルト状に固まる。それを大さじ2杯、ブルガリアヨーグルトも少々混ぜてキウイとバナナや好みの果物を入れてハチミツやジャムをかけて食べる。
叔母が、このレシピを書き残していたら、訪問看護師さんが「栄養指導の参考に」とメモをスマホでパシャッと撮っていかれたという。
あとは週1回の入浴付デイサービスにいってほしいのだが、これがなかなか「うん」といわない。まあもう少し説得してみよう。暖かくなったら一度、お試しにいってもらおうかなと思っている。
退院の翌日、急ぎの仕事で京都に帰る。お薬カレンダーをつくり、主治医と訪問看護師への報告事項を書いて叔母に託す。その後、母は機嫌よく過ごしているようだ。排便コントロールも何とかうまくいっているらしい。もの忘れは相変わらずだが、電話の声は元気そう。尋ねたことに的確な答えが返ってくる。
京都に戻り、3月3日のお雛祭りは北野天満宮の梅見に出かける。古木に紅梅や白梅がちらほらと。穏やかで、あたたかい日だった。ああ、もうすぐ春なんだな。
3月末、私の父と母方の祖母の50回忌と母方の祖父の33回忌を熊本で迎える。娘と孫をつれてまた熊本へゆく。隣のお寺が2年前の熊本地震で全壊した。今、名古屋におられるお住職が、わざわざ遠くからこられて、法要を務めてくださることになる。
母も叔母も元気に、その日をみんなで迎えたいと思っている。