学校給食と農家を結ぶ「農産物流通コーディネーター」の仕事をしているのは、長野県一般社団法人塩尻市農業公社に働く村上かほりさん。農業公社は、市とJAが設立し、商工事業者とも連携した組織。公社の一番の目的は、耕作放棄地の解消、担い手の育成、農業の支援、消費者との結びつきを強化する目的で作られた公的な機関だ。
公社は、各地にあるが、村上さんのように、給食と農家を結ぶ専門家で「農産物流通コーディネーター」の肩書の人は全国でも珍しい。初めて聞く職名だ。
全国でも珍しい生産者と学校を結ぶ仕事
学校給食では、国が地産地消の推進をしていて、自給率を高めるよう目標を掲げている。つまり、できるだけ地場のものを使うように勧めているのである。ところが現場に行ってみると、給食と地元の農産物供給ということでは、かなり苦労があることがわかる。
地元の農家が高齢化してものがそろわない。あっても天候不順で予定していた作物が採れない。大型センター方式の給食では量が多いために、地元だけでは農作物が揃わない。市場からの仕入れとなる。
農家がよかれと持ってきた作物も、泥がついていたり、形がそろわないと、給食では使いにくい。栄養士が地域の産物を理解してメニュー作成をしないと、地場のものが使われない。生産者にも給食の現場を理解してもらえないと、どんなものが納品可能なのかわからないと、さまざまなミスマッチが起こる。そのために、各地の給食の現場では、どの自治体でも担当者は腐心をしているのである。
塩尻市も同じ。そんななかで、村上さんは、給食と農家を結ぶという、これまでなかった役割を担っている。
村上かほりさん。ネギ畑にて。生産の現場を知るために農家へも行く。
「平成24年(2012年)5月に採用になりました。最初は、JAが学校給食の納品をしているので、生産者との関係を作ることでした。」
入ったとき、言われたのは『生産者とJAをつないでくれ』それだけだった。塩尻市内の卸市場が撤退してJAが市場から給食野菜を納品し始めた後、地産地消という活動が活発になって、給食にも地場野菜導入の声が上がったが現場の理解が追いつかなかった。JAの生活部を窓口にしてもらい女性部が出荷したが軌道に乗せるのが難しかった。
納品された野菜の検品作業。左端が村上さん。中央奥は発注担当の川島さん。
「女性部は農協の女性メンバーの会。その事務局が生活部にあったこと。また生活部が食材を販売する店舗の運営をしていたことから、女性部の農家の農産物を学校給食へ出荷をしようとなったんです。でも人も量も少なく安定していないので、確実に納められなかった。返品もあって、給食に出したくないという人もいました。登録している農家は25名。実際に学校給食に出している農家は10人もいなかったと思う。学校は14校あって、最初から全校へ地場産野菜を納入するのは大変なので、とりあえず4校を重点的にやっていこうとなったのですが、4校に納めても余る『目の前にある野菜を無駄にしないように』としているうちに、14校全校に納品するようになりました」
村上さんは長野県松本市生まれ。東京での旅行会社で勤めていた。その後、信州で宿泊業を営む夫の実家に入った。バブルがはじけスキー客が減少して生活を支えるため飯山で給食調理員をした。その後、松本市に引っ越し、1年ほど保険会社で働いた。そんな頃、塩尻市が職員募集をしていて、そこで応募し採用されたのが今の仕事だ。この間、男の子2人、女の子1人、3人の子供を育てた。
農家とのコミュニケーションとリストづくりからスタート
「募集内容は『ICT活用をした農産物の加工・流通に関する事業』となっていた。そのなかに『学校給食の納品』の項目が入っていた。そこなら調理師の経験を生かしてできるかなと思ったんです」
入社したばかりの村上さんは、それまでの事情や経過がわからない。そこで、彼女が始めたのは生産者との関係づくりからだった。
「そもそも生産物がどこにあるのかわからない。そこで、リストづくりを始めました。JAの直売所に出入りさせていただき、生産者の話を聞くことを始めた。学校給食を食べているお子さんいますかとか。そして関心をもってもらった方の電話番号を訊いてリストにした。実は、私の採用は市なんだけれど、所属は塩尻市農業公社、机はJAにある。農家に話を聞くときに、市役所が苦手、JAが好きじゃないという人もいるので、相手によって、公社ですとか、市役所ですとか、JAですとか使いわけていました」
給食レストランで生産者さんとともに学校給食試食
塩尻市は、中学校5つ、小学校8つが自校方式。学校単位で給食をつくる。山間地の小中学校の一か所がセンター方式だ。給食の納品は教育総務課に登録してある業者からの自由選択で、栄養士さんが決めることができるとあって、非常に評判がよかった。
「栄養教諭に杉木悦子さんという方がいて、彼女に、どんどんやってと言われて、栄養士会がついてきてくださるということがあった。当時は、とりあえず、生産者の調査をして、こんな農産物が地元にあるというのを学校側に「結」というお便りで伝える、そうすればわかってもらえるかなと思った。そこで、こんな野菜や果物がありますと案内を作成して出すようにしました。
その年は、栄養士さん、調理師さんの会議には1度くらい出る程度でした。ほとんどは生産者とのコミュニケーションに費やしました。学校給食の献立決定は1ヶ月以上前です。発注が1ヶ月前に来ます。その前に、栄養士さんに、ほうれん草がでますとか、ネギがありますとか案内をだしました」
村上さんは、こまめに農家に電話を入れた。
「一度、給食を試してみませんか。なければないと言ってくださいね。なんとかしますからとか。発注をする担当はJAでパートさんがいたので、そこから出してもらう。発注は、前の週の木曜日にまでかけるのでということでお願いしました。一か月先だと農家さんもなかなか予定がたたない。発注書をみて、無いなら遠慮無く連絡してね、とお願いしました。発注は混乱を避けるため、私か生産者と受注のやりとりをしても必ずJA発注担当者の川島さんから毎週木曜日に発注書を生産者にFAXしてもらいます。彼女はパート職員ですが、受発注からクレーム処理とすべての事務処理をおこなっています。(検品写真の中央にいます)」
栄養士さんに農産物の現場をしってもらうための研修会も実施している。
農産物が届くと検品がある。品物が傷んでいないか、形がそろっているか、チェックをするのである。検品はパート4名が行い、そのあと、配送担当者から学校に届けられる。
「当初、学校給食の野菜納品は規格が厳しくて、すぐに返品になるからと生産者が積極的に参加してきてくれなかった。そんな時、『ねこの手クラブ』という農作業を請け負う事業の担当者のところにきた生産者が「ほうれん草が大きくなっちまって困った。」と言ったのでそれなら給食に出してあげなよ、とつないでくださって学校に納品になった。そうするうちに給食事務所に生産者が出入りするようになって農家からのセールスがくるようになったんです」。
農業公社には『ねこの手クラブ』という農作業を請け負う事業がある。支援者は177人が登録をしている。農家の登録は179戸。2017年実績では、のべ1414名、時間にして4万532時間の手伝いが生まれている。
「地元にないものは市場から入れる。そこは発注担当者と話しながら、少しずつ、地元産物の量を増やしていった。それで最初の年で、地産地消がぐっと上がりました。国の地産地消推進の事業があったおかげで、何回も生産者とミーティングがあり、農家に足を運んでもらうことができ、多くの人に給食のことを知ってもらえるようになりました」
農家の現場と調理の現場ではミスマッチが多くある
しかし、現場で農産物を扱ううちに、栄養士、調理師という、給食を作る人と、農家の農産物を生産する人たちで、すれ違い、ミスマッチ、誤解がかなりあることもわかった。それは、私たち消費者も同じだろう。
「小さいジャガイモと普通の大きさのジャガイモが混在をすると返品になったりする。実は、小さいジャガイモが悪いわけじゃない。給食では洗濯機のような、業務用ピーラーで皮むきをする。すると小さいものが剥けない。剥こうとすると大きいものが、どんどん小さくなる。だから大きなジャガイモと小さいジャガイモを分けて、2回かければ、皮が剥ける。
花のついたキュウリ。花が枯れるとホコリのように見えたことから誤解が生まれた。生産者はしばらくの間、すべての給食のキュウリにわざと花をつけて出荷してきていました(村上談)
キュウリは、一般に出回っているのはブルームレス。(カボチャの台に接ぎ木をして、表面がつるりとしたキュウリ。ブルームとは、本来のキュウリの表目に出てくる粉状もののことを言う)。ところが、地元の農家では、自家用で、種から栽培をする従来のキュウリを作っている。納品をすると調理師からホコリがついていると、クレームがきたりする。
調理師が農家に行っているわけではない。市場から仕入れたキュウリを使ってきているから、粉がでてくるブルームキュウリを見たことがなくて、ホコリと誤解される。キュウリには花が咲く。市場には花がついたものは出てこない。でも、農家直送だと、キュウリの花がついていて、それがしおれると茶色になる。すると、これもホコリがついているとクレームになったりする。花があるのは、実は、新鮮な証なんです」
もろもろの誤解と認識の違いが、生産と調理の現場で生まれる。いわば、村上さんの仕事は、誤解を解く仕事でもある。
「ネギに白いところがあります。これも品種によって違う。長野には、ネギを植え替えてストレスをかけて曲がったネギを栽培している。『松本一本ネギ』。わざわざ植え替えることで、うまみが増して柔らかくなる。ところが、調理場で、ネギが曲がっている。使いにくい、とクレームになって、わざわざまっすぐなネギを納品するようになった。ところが、有名なTOKIOのメンバーが『松本一本ネギ』を訪ねて、一気にテレビで有名になった。すると、『曲がったネギはないのか』と言われるようになりました(笑)」
栄養士さんには異動がある。調理師も5年で入れ替わる。栄養士さんも調理師さんも、地域の農家の農産物と、市場に出回る農産物の違いを認識しているわけではない。市場に出回る農産物は、それぞれ規格があり、その基準にあったものが出回る。ところが地元だと、市場に出ない規格外のものもあるし、一般に出回らない、地域だけの品種という作物もある。
「生産者は、美味しいものを、いいものを出したい。そうなるとそれなりの値段も欲しい。困るのは、学校給食側が、地元のものはなんでも安いと誤解されていること。そういうすれ違い、ミスマッチもあります。
調理員とねぎの状態を確認・・畑で越冬したネギが果たして給食で使えるか吟味中
リンゴ・・栄養士さんに頼まれてさまざまな品種を集めたもの。塩尻では8月下旬のサンつがるから始まりサンふじで終わる品種リレーでほとんど切らすことなくリンゴが納品できる。運が良ければレア品種が学校に納品されることに。
2016年、塩尻産のジャガイモは収量の割に使用できる品質の物が少なく冬には市場品を納品しました。北海道の悪天候の影響で市場のジャガイモも枯渇して、各地から集められたジャガイモが日替わりで納品されていました。するとクレームになったんです。すぐ現場に行った。芽が深くなっていて調理がしにくいという。みたら一般的な品種の男爵なんです。ジャガイモ自体が手に入りにくい。いままで、芽の浅いジャガイモが出回っていたから、芽の深いものを手にすると、違うとなってしまう。それを断ってしまうと、ジャガイモ自体が手に入らない。それで、しばらく待ってくださいと、週開けには暖かい産地の新ジャガの出荷となります、と説明をしました。世の中の状況や季節のことも現場で話し、理解を求めることをしました。
この逆のこともある。ブロッコリー。地元では、農家さんが茎があると使いにくいだろうと、茎を切り落として出荷をしていた。すると、市場からブロッコリーを入れたときがあって、調理師から芯がついている、芯をとってくれと言ってきたことがあった。市場では芯があるのがあたりまえ。給食の発注のほとんどはkg単位なので、茎を切ると単価もあがってしまう。いいものに慣れると、普通のものが普通でなくなってしまう。そんな誤解やミスマッチはしょっちゅうあります」
信州大学の学生たちと農家を助ける活動も開始
実は、村上さんの仕事は、生産者と給食の現場を結ぶことだけではない。地元のものをうまく出荷していくさまざまな活動がある。学校給食に生産物を出すといっても数は限られている。農家のことを考えると、多く採れた作物は、別の出荷先も見つける必要がある。
「生産が過剰になったものは、他県のスーパーに出したり、イベントの企画営業もしています。若い生産者さんの相談ごともある。それをつなぐこともしています。例えば、肥料の勉強をしたいが、そんな勉強会があるかとかね。
イベントでは、最初は塩尻のスーパー、そのあと、静岡、松本のスーパーで野菜を売ってもらったりしました。塩尻市の老健施設に納品に来ているトラックの帰り便に乗せてもらい、施設のグループ会社の名古屋にあるスーパーにもだしてもらいました」
そればかりではない。天候不順で不作になった作物の救済もある。
「果樹は、4月に雪が花に降るとダメージを受ける。その中で正規品として販売できない品質の果実を給食でつかってもらったりもします。
雹が降るとレタスにそれこそ穴が開き、出荷できない。それを、松本歯科大学や信州大学の学食で使っていただきました。そのきっかけは、直売所『考える農業学習塾』。そこに視察にきていた信州大学の研究員を紹介していただき名刺交換していたんです。それを思い出して電話で状況を説明して学食で扱っていただけないかと相談したところ、2つの大学の学食へ取り次ぎをしてくださいました。
学生たちのぶどう収穫。短期間で人手が必要なため喜んで学生を受け入れてもらえた。
実は信州大学とは、学生と一緒に畑をしています。片丘地区の生産者の奥さんが亡くなり、畑が余っている。だれか使ってくれないか、と相談をうけた。それで『塩尻ジャガイモを作ろう会』を作って、大学に行ってボランティア募集の掲示をさせてもらった。息子が信州大に入ったこともあり、息子の友達にも声をかけてもらって、月に1、2回、畑に来てもらっている。ネギ、トウモロコシ、ニンジンなど、そんな量はないけど栽培をしている。これが、他の農家の作物と時期が少しずれているので、作物がないときに出してもらえる。それで、給食でとても助かっているんですね。
学生たちは、作物を実際に作ることで、農産物を栽培をするには時間や労力やお金がかかるとわかったとか、野菜はどれも同じでない、みんな形が違うんだとか、形が異なると納品できない、それはおかしいのではないかとか。収穫には適期があるんだとか。マルチ(畑に敷くビニール。雑草の抑制や保温に使う)を張るのも、かなり労力と時間がいるんだとか、彼らなりに学んでくれています。
リンゴが台風で落下したとき、彼らが、信州大学で仲間に販売をしてもくれました」
村上さんの仕事は実にこまやか。彼女のような存在がなければ、実際の現地での農業は、なかなか持続できないのではなかろうかと思うほど。コーディネーターという仕事がもっと注目されてもいいだろう。
「大学の若い人たちと接すると、食材のいいものに目を向けてくれているというのがわかる。旬のものが美味しくて大切なことも理解をしてもらえる。若い人をこれから育てる場を作りたい。それと力を入れたいのが直売所。連携をしていかないと学校給食だけでは販売は限られてしまう。直売所で売れる形をしっかり作っていかないと、作ったものがもったいない」
村上さんの瞳は、しっかり足元から、未来を見ている。
◆一般社団法人塩尻市農業公社http://www.shiojiri-agri.jp/
◆塩尻市農業協同組合 http://www.ja-shiojirishi.iijan.or.jp/
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