ジェームス・ボールドウイン(1924-1987)、なんという懐かしい名前だろう。若いころ読んだ彼の『ジョバンニの部屋』の切なさが思わずよみがえった。
本映画は、この彼が1979年に書きだしたまま、未完で終わった原題“Remember this House”に、監督のラウル・ベックがボールドウインのインタビュー、エッセイ、講演などをトレースして構成したドギュメンタリ・ドラマである。もともと“Remember this House”は、ボールドウインの親しい3人の友人―メドガー・エヴァ-ズ、マルコムX、マーティン・ルーサー・キングjrが題材になっていたものの、30ページで終わり、後の展開は想像の中にしかない。この3人は言うまでもなく、アメリカにおける黒人問題に深く関わりあった人物たちである。エヴァ-ズは1963年に、マルコムXは1965年に、キングは1968年に活動中、射殺されている。
ボールドウインは、1957年当時滞在していたパリで読んだ新聞のなかで、衝撃的な記事に出会う。それはアメリカの南部シャーロットの高校に初めて黒人として入学する15才のドロシー・カウンツが、誇り、緊張、苦悩の表情を浮かべながら、ツバを吐き掛けられ、嘲笑をあび怯えながら登校する姿であった。彼は帰国を決意する。「皆果たすべき責任を果たしている(They pay their own due!)」と。
帰国後ボールドウインは、あらゆる場で反黒人差別の行動を展開する。あるトークショウで、無学な白人より、学者の黒人を大事に思う、なぜ肌の色をそんなに強調しなければいけないのか、と問う白人教授に対して、ボールドウインは数々の差別・区別の具体例を挙げて反論する。「、、これでも社会を信じて自分自身や家族の命を賭けろと?あなたのいう理想郷など見たこともないのに?」フェミニズムに対して、女という前に同じ人間じゃないの、そこから出発すればいいのに、とよく言われた主張と同じである。しかし、女であることや黒人であることを意識しないで人間であることなどできようか!
ドラマは、白人優位社会の様々なメディアを通した「アメリカン・ドリーム」が実現する理想郷を、あるいは1939年に作られた「駅馬車」に描かれたように「白人こそ英雄」とのメッセージが繁出され、一方で、黒人の抑圧とそれに対する彼らの反抗と結果引き起こされる騒動が、交互に映し出される。活動家3人の映像と射殺の事実も。間を縫って、既述したボールドウインのTVのトークショウや講演、インタビューにおいて彼の主張が紹介される。
見終わって、沈み込む気持ちのなかで私は自身に問う。白人でも、黒人でもない私の果たすべき責任とは何か?どうすれば私のそれを果たせるのか。問いは重いのみならず、どういう意識に行きつけば、答えになるのかがわからない。差別はこの国にだって存在するから。偏見と差別の存在はよくわかっているつもりで、自身はフェミニストとしてしっかり反差別のトポスに立っているつもりだ。しかしそう宣言したからといってそうであることをどうやって自身に証明できよう?なぜなら意識の内部は相当に重層化されていて、本音と言われるものの正体だって自身ですら不明な事があるのだから。
私事になるが、1968~1980年までアメリカで暮らし、かつて日系米人を夫に、第二次世界大戦で、敵国人の係累として収容所暮らしを強いられギリの両親を持っていた。ギリの両親は同じ体験を持つ日系人に共通する苦渋な感情生活を生きているようにみえたし、元夫も東洋人(yellow)への差別感を訴えていたものだ。私自身は、「新世代」と見なされ差別された実感はないが、縁者の声は聴いてきた。
しかし、アフリカで捕えられ強制連行され売買されてきた黒人は、その祖先をもつ限り違ったのである。たとえアフリカ系アメリカ人と呼び換えられようと。ボールドウインの血のような言葉「「白人が願うほど黒人は素朴ではありません。川辺で歌いながら暮らしたりしていない。残酷な国で生き抜いてきたのです。“ニガー”に幸せはない」そして「白人は自分自身に問わねばならない。なぜ“ニガー”が必要だったのか?私を“ニガー”だと思う人は“ニガー”が必要な人だ。白人は自分の胸に聞いてほしい。黒人にとっては北部も南部も同じです。(略)私は“ニガー”ではない。白人が“ニガー”を生み出したのです。何のために?それを問えれば未来はあります」
これが「私はあなたのニグロではない」というタイトルの答え(「あなたに必要とされてここに居るのではない」)である。
たくさんの多様な映画賞を受けていることを付記しておく。
監督:ラウル・ベック
原作・出演:ジェイムス・ボールドウイン
語り手:サミュエル・L・ジャクソン
音楽:アレクセイ・アレギ
制作:アメリカ、フランス、ベルギー、スイス/2016/英語/93分
原題:I AM NOT YOUR NEGURO
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