書 名 雪子さんの足音
著者名 木村紅美
発行年 2018年2月
出版社 講談社
世話好きの大家さんと下宿人の話と聞いてどんな話を想像するだろうか。優しい大家さんとそれに甘える下宿人のほのぼのストーリー?『雪子さんの足音』はそんな期待を見事に裏切ってくれる。
物語は、高円寺のアパート月光荘の大家さんである雪子さんが熱中症で亡くなるところから始まる。かつて雪子さんのところに下宿していた男子大学生・薫は、ニュースを通してそのことを知る。そして、下宿していた20年前を回顧するのである。
雪子さんに食事の面倒からお金の面倒(!)まで見てもらい「孫ごっこ」をしていた薫であったが、あまりの親切をうざったいと感じつつも甘えていた。同時期、同じく下宿していた小野田さんという会社員の女性は雪子さんにがっつり甘えているようだった。
3人でサロンと呼ばれる雪子さんの部屋に集まりごはんを共にしたりしていたのだが、徐々に3人の関係がとんでもない方向に進んでいく…。
雪子さんは夫も子ももういない、ひとり身である。彼女には自分が死んだときに、きれいなうちに発見されたいという願いがある。その願いを叶えるために過剰なまでに焼かれる数々のお節介には、ときには恐怖まで覚える。
はじめの頃こそ薫はその過剰な親切に戸惑い断るのだが、「わたしは若い芸術家志望者のパトロンになりたいの。」とまで言ってお小遣いを受け取らせる。
食べきれないほどの食事をご馳走になっている薫に、若い頃に飢えで苦しんだ経験を告げ、プレッシャーをかける。
過剰なお節介に耐えられなくなった薫が引越しをちらつかせると、「引っ越しっていうのは、親がかりのあなたが思っている以上にお金がかかるものなのよ。ご存知ないでしょうに」と嫌味の一言でも言って引きとめる。
雪子さんの迫り来る感じが読んでいるとじわじわくる。
そして、小野田さんもわたしの頭から離れない。むきだしの性欲をぶつける姿がもはや清々しい。そもそも、これを性欲を呼ぶのかどうかはわからないが。わたしの数少ない読書経験からでしか言えないが、女性が性の主体となり、男性が客体となる物語はいまだに多くないのではないか。
これは、人間の、そして女性の欲望を真正面から描いた作品だ。
この作品は、浜野佐知監督による映画化が決まっている。吉行和子さんの「とんでもない婆さんの役を演りたいわ」という一言から企画が始まったというのだから、吉行和子さん演じる雪子さんが楽しみで仕方ない。
◆評者紹介
ペンネーム:小林ゆめの
1988年生まれ
学校事務職員
◆映画情報:https://wan.or.jp/article/show/7987