名古屋駅から地下鉄東山線に乗り、2つ目の栄駅で降りると、屋根付きの都市型公園「オアシス21」がある。そこで毎週土曜日の朝8時30分から11時30分までおこなわれているのが「オーガニックファーマーズ朝市村」。
 新規就農した農家が1回あたり20軒から35軒出店し、無農薬・無化学肥料の野菜・米などを販売する。
 8時には長蛇の列ができる。毎回訪れるファンも多く、農家の実感ではリピーター率8割。お目当ての農家さんの最前列に早くから並ぶ人も。売り切れてしまう農産物もあるからだ。開催は3時間で、毎回約1000名近くが集まる。
 朝市の中心となっているのは村長・吉野隆子さん(61)。彼女が市の職員から頼まれ、運営を担うようになったのは2004年。今ではすっかり市民の馴染みの市場に育ち、ここから多くの新規就農者も生まれている。
 朝市は大きな評価を受け、2015年3月に日本農業賞「食の架け橋」部門の大賞・農林水産大臣賞、同年12月には愛知農業賞「担い手育成部門」を受賞している。


毎週開催で有機野菜が日常の食卓にのぼる場となる
 朝の7時過ぎ、吉野さんは公園に来て準備を始める。倉庫にある長机を参加農家やボランティアスタッフとともに並べる。その長机に野菜が並び、いつのまにか、採れたて旬の野菜の売り場に。野菜、米、卵、果実が並び、豊かな彩りにあふれる。野菜を並べたところに、生産農家が立って自ら販売を行う。やがて、一人、二人とお客さんが並び、8時30分の開店前には行列ができる。8時30分になると小学生の子供が鐘を持って鳴らしながら市場の周囲を歩き、野菜の販売が始まる。
 「子どもたちはボランティアで来てくれています。お手伝いをしてくれているのは、消費者のお子さんや出店農家の子供たち。いまでは名古屋市内のほかの2か所でも毎週行っています。一つは、名古屋駅名鉄百貨店前『ナナちゃんストリート オーガニック夕ぐれ市』で毎週火曜日15時30分から18時30分まで開催。もう一つは、名古屋市緑区の総合病院「南生協病院」で毎週木曜日の10時から13時まで。名古屋市内で週3回のオーガニックマーケットを開催しています」と吉野さん。

 当初は14軒の農家から始まり、いまではメンバーとして登録している農家が70軒。売り上げは年々伸びている。1回あたりの農家全体の売上げは100万円前後。1農家で20万円を超えたこともある。出店料は長机1台が2000円で、それが運営費用になっている。朝市が始まると、吉野さんはめまぐるしく動きまわる。
 「朝市村は2004年10月、月2回で始めました。でも月2回では、食卓を担うのではなくイベントになってしまう。毎週開催することで、有機の野菜を毎日食卓に並べることが可能になるし、私自身がここの野菜だけで暮らしたいと思っていたんです。それでオアシス21側にお願いし続けて、2009年から毎週開催となりました」

取り組みのきっかけは有機野菜で健康になったこと
 吉野さんが有機野菜に興味を持つきっかけは、実は高校生のときにあったという。
「生まれは神戸です。父の転勤で、そのあと東京、中学からは神奈川でした。高校生のとき体調を崩し、医者に『自律神経失調症で治らない』と言われた。でも母は『何とか治す。医者には頼らない』と。それで母が有機の野菜を手にいれて玄米菜食を始め、1年間続けたら治ったんです。食べることの大切さを実感し、そこから可能な限り食べ続けてきました」
 結婚後、ご主人の転勤で名古屋に赴くこととなった。
 「名古屋にきたとき『中部リサイクル運動市民の会』が取り組んでいた有機野菜の宅配『にんじんCLUB』を見つけて、会員になりました。農業にはまったく興味がなかったのに、1年経った頃、畑の見学に行ってみたら『面白いなあ』と思うようになりました。その頃スタッフにならないかと言われて、仕事もしていなかったので手伝ったことが、今の仕事の始まりです。30歳のときでした」
 そこからさらに、ご主人の転勤で神奈川に戻った。
 「このとき東京農業大学に2年間学士入学をしました。そこで出会った大学院生に、彼がやっていた有機農業関係の団体の事務局を引き受けるよう頼まれ、何の気なしに会議に出るようになりました。当時、会議で毎回のように話に出ていたのが、『有機農業で新規就農する人はたくさんいる。でもなかなか根付かない。それは、販路がないからだ』ということでした。そこで刷り込まれて(笑)、そこから、『いつか新規就農者の販路を作れたら』と思うようになったんです」

転勤で再び名古屋に、公園の朝市の運営が大きな広がりに
 再びご主人の転勤で名古屋に行くこととなった。2004年のことだ。
 「名古屋市が『オアシス21』を作ったのは2002年。それから2年経っていました。以前から知り合いだった市職員の加藤さんという方がオアシス21に出向されていて、朝市を運営しないかと話があった。当時の市長に朝のにぎわいとオアシス21の名物をつくるよう言われたそうで、『それなら朝市だ』と加藤さんが思いついたのが始まりです。加藤さんはその後、定年退職されましたが、今は、ボランティアとして関わってくださっています」
 2004年10月に朝市村が始まった。
 「第一回は10月2週目の9日の予定でした。ところが、東海に台風22号が来て、出店予定だったところに大きな被害が出たこともあり、中止にしました。それで4週目が第1回となったのですが、そこからは1度も休んでいません。
 最初は伝手をたどって14軒の農家から。しかし、なかなかお客さまが集まらなくて売れなかった。そうすると辞める農家もあったりで、出店が4軒だったことも。何とか続けられるかなと思えるまでに時間がかかりました。
 朝市村のメンバーは、基本的に実家が農家ではない新規就農者のみですが、新規就農者を育てることを優先することで若手が増えていって、それが朝市村の定着につながった面もあります。
 以前は農家が野菜を並べて準備する開始時間前でも、求められれば販売していたのですが、そうすると正式な開始時間には、品物が少なくなっていることもありました。お客さまの来る時間はどんどん早まるし、農家も野菜を並べて準備することができないということがあって、時間通りに鐘を鳴らして始めようとか、後から出店するようになった人の値付けはすでに出店して販売している人より安くしないで同じ価格か高く設定するといったように、少しずつ決め事を作っていきました」
 「出店は義務ではなく、畑と相談して出てもらっています。休まずに出店する人もいるし、地域的に冬は雪が降って野菜がつくれないから夏の時期だけ出てくる人などいろいろで、それでだいたい、毎回20~35軒におさまっています。販売を生産者本人がするのは、栽培状況を伝えるのは本人がいちばんだと思って決めたのですが、農家も毎回通信を作って手渡して思いを伝えたり、野菜を食べた感想を聞いたりと、やりとりもさかんです。生産者会議は年1回。運営委員会を月1回開いています」

朝市村には、15の原則がある。
 主なものとしては、オーガニックの農産物が基本で、野菜はすべて無農薬・無化学肥料であること。果樹は例外で、完全無農薬は難しいから減らす努力はしながらも農薬を使用することは認め、条件として表示をすることにしている。ブルーベリーのように、無農薬で頑張っている人もいる。
 出店できるのは非農家の新規就農者のみだが、子どもの代に代替わりするときに有機に転換する場合や果樹や茶など簡単にはじめることができない場合は出店できる。栽培方法や状況は、出店しはじめる前にベテラン生産者と事務局が確認する。販売は生産者が育てた農産物とその加工品を本人が販売、加工品を除き旬のものに限る。加工品は生産者が作った原材料を使ったもの。おいしさを追求し、野菜の品質を高める努力を怠らないことなどだ。
 「今、登録している農家は70軒で、出店を待ってもらっているところもあります。というのはメンバーになるには、畑の確認が必要だからです。

旬産旬消、おいしさの追求、消費者ボランティアで運営、販路開拓など、
 消費者の農業ボランティアが耕作放棄地の解消にもつながる

 参加農家の平均年齢は約42歳。多くは20~50歳だが、65歳以上の高齢者も7名いる。この人たちは新規就農者を研修生として受け入れ、育てる役目を担っている。一般的に「朝市」は年配の人が多いイメージのようで、初めて朝市に買い物に来た人たちからは、「若い人が多くてびっくりした」と、よく言われるのだという。
 販売ではボランティアも活躍する。子供ボランティアたちがブースに入って「今日のおすすめは新玉ねぎでーす」と声を張り上げると、お客さまが「がんばってるね」と声をかけてくれる。朝一番のドッと人が押し寄せる時間には、大人のボランティアがブースに入って会計を手伝う。
 ボランティアの子供には300円、近所に住み交通費のかからない大人には500円、遠い人は交通費実費を運営費から出している。
 「子供たちに手渡すお金は、親が貯金させていますね。小学校の頃から来ていて高校に入っても、ほぼ毎週来てくれる子もいます。私は子供がいないけど、朝市に来る子供や農家の子供が私の子供のようなもの。顔を見るのがとても楽しみです。 ボランティアの人たちは、みな野菜のファンでもあって、一週間分の買い物をして持ち帰ります。農家の子供の中には、『大人になったら農家になるから、今から研究するんだ』と他の農家の野菜をお小遣いで買って持ち帰り、味見をするという子供もいて、将来が楽しみです。ボランティアはホームページでも募集をしていますが、自然と集まるんです」

 
ボランティアをするファンは、農業体験にも出かけていく。
 「知多半島の農家に入った研修生が、自分が体験に行った時の楽しさを味わってほしいと体験を受け入れるようになったら、年間延べ300名もの受け入れをすることとなった。1人増えたようなものだから、周辺の耕作放棄地も借り受けることになり、放棄地を減らすことにもつながったということがありました。朝市村で体験を申し込む人もいて、朝市村は畑の入り口になっていることを実感します」
 出店している農家は名古屋市近郊からだと思っていたら、県外もあった。名古屋市周辺にはない作物の魅力もあって参加してもらっているのだという。愛知県は54%、岐阜県が33%、ほかに三重や、静岡の柑橘農家、長野のリンゴ農家などがあり、現在は愛知県と隣接する県までと限っている。
 驚いたのは岐阜県の消滅可能性1位とされていた白川町から14軒が参加していて、その多が朝市村の就農相談を通して移住し、新たに誕生した農家であることだ。
 「朝市村に相談に来て就農した人たちが町外の女性と結婚して、それぞれ子供が1人から3人生まれているので、関係者だけで人口が0.5%増えました。朝市村で販売実習していた新規就農者が、お客さんで来ていた女性と出会って結婚したといううれしい話もあります。先に移住した人が後から来た人の面倒を見るというつながりができていて、定着しやすい状況にあります。私も昨年から町の依頼で、白川への新規就農希望者を対象にしたツアーを企画・運営しています。
 今のような状況が生まれたのは、Uターンで白川町に戻って就農した人が、コーディネーター的な役割を果たしていることも大きいですね。ゆうきハートネットというグループをつくり、新規就農する人たちに家や土地だけでなく、アルバイトまで世話してくださっています」
 ゆうきハートネットのこうした取り組みは、2018年の農林水産祭で内閣総理大臣賞を受賞することになった。

新規就農者のための相談窓口と講座を開催
 朝市村では、新規就農した人を先に就農した人たちがサポートし、朝市村以外の販路を紹介したり、栽培について教えたりしている。お互いが切磋琢磨をすると同時に、技術についての情報交換する場にもなっている。
 「ほかの人の野菜を見ることで学び、確実に品質が上がっていきます。はじめた頃の朝市村と比べて、格段に品質は上がっていると思います。
旬の時期はほぼ重なるから、生産者同士はライバル。でも大切な仲間でもあります。仲間の畑を見に行ったりすることは多いし、すごく仲がいいですね」
 オアシス21だけでなく、名古屋駅前でのマーケットが始まったのは2013年から。農家も増え、お客も増えたこともあり、農家から別の場所に広げてほしいという希望が出た。雨が降っても休まずに運営できるよう屋根がある場所を探し、人のご縁をたどって名鉄駅前ではじめることができた。

 元はお母さんたちがやりたいと言い出したのだが、段取りを整えて、いざ開始となったら、お当番はできないとなり、吉野さんたちが運営することに。参加農家は3、4軒だが、野菜、卵、魚なども並ぶことから品目が多いと好評だ。
 2009年から朝市村開催時に、新規就農者の相談コーナーを設けるようになった。
 「2006年に『有機農業推進法』ができました。翌年基本計画ができて国の事業のひとつとして、有機農業での参入促進事業がはじまりました。この事業に関わったところ、電話での相談窓口はありますが、定期的に対面の相談コーナーを開設しているところが全国をみてもゼロだった。直接会って相談する窓口がないなら朝市村で、と思い、始めることにしたんです。
 リーマンショックのときは、トヨタをやめることになった人がいっぱい来ました。農業は土地を借りて種をまけばすぐに育ってお金になると勘違いしている方も多くて。結局就農した人はいませんでした」

毎月1回「オーガニック講座」を開催し新規就農を支援
 次に始めたのが「オーガニック講座」だった。
 「講座は8年目に入りました。最初は集中講座でしたが、今は、仕事がある人も参加できるよう、毎月1回平日の夜に行っています。半年単位で、連続で6回参加する場合は6000円、単発受講も可能で1回1500円で、20~30名の参加があります。農家に加え、将来の就農を目指すサラリーマンの方が多いですね。講師には有機の農家・研究者・流通関係者、それから地域で有機農家の指導をしている方などにお願いしています」
 朝市村は愛知県の研修機関となっている。朝市村の農家の元で研修を受けて、これまでに30名が就農した。そのうち、国が新規農業者として研修 するときの支援制度(次世代人材育成投資事業)の補助を受けた人も16名いる。
 新規就農は、しかし簡単ではない。
 「当然のことですが、本気でないと就農は難しいです。相談に来たとき、貯金が全くないと言う人もいる。でも、研修中はバイトすると言っても時間が限られるし、就農したらまず農業優先だから、もっと限られる。でも、農業をはじめるときには、最低限の機械や苗を育てるためのハウス、農業用の資材などを買う必要がある。すぐに順調に出荷できることは少ないから、1~2年は収入が少なくても生活できるだけの貯金もないと。最近就農した人が計算してみたら、最低でも200~300万円の自己資金が必要だと言っていました。
 相談に来る人の中には、農業体験すらしたこともない人もいる。そういう人には、まず体験をしてもらいます。やってみてからでないと、研修につなげることはできません」
 長年、朝市に取り組んできた吉野さん。その活動のなかから、見えてきたことがあるという。

 「朝市村をはじめる前に、こんなことができるんじゃないかと想定していたことがいくつかありました。例えば、有機で新規就農した農家の販路開拓とかマッチング、中山間地に就農した有機農家と都市の消費者がつながって生まれる交流、そして、消費者が農家で農業体験をする畑の入り口になることができるんじゃないかなというようなことで、これは早い時期に実現しています。
 10月に15年目に入ったところですが、振り返ってみると、これ以外にも朝市を通してできることが、改めて見えてきました。

農家同士が学びあうことで野菜の品質が向上
 毎週開催してきたことで、オーガニックが日常になっているとも感じています。お客さまからは、『おいしいし、日持ちが良いので、週1回の買い物で1週間が過ごせる』とよく言われます。
 農家にとっては、値付けを自分でできるので納得いく価格で販売でき、そこに自分の農園や栽培の情報を載せて販売できることや、出店料だけ払えばいいので、工夫次第で売り上げが伸ばせること、そして、仲間の有機農家と切磋琢磨しながら技術を磨く場になっていることがあります。初期に比べて野菜の品質は格段に高くなりました。
 農業とは直接関係がないのですが、最近特に思うのは、子供ボランティアの成長です。家族や学校の先生以外の大人と接して、仕事の責任を学ぶことで、子供たちは成長しますね」
 イタリアンやフレンチのシェフもよくやってくる。中には、育ててほしい野菜の種を持ってきて、「これを栽培してよ。できたものは全量買い取るから」とリクエストをするシェフもいるという。さまざまな人が、さまざまな形で、新規就農者を育てている。
 今後のさらなる広がりが期待される朝市だ。こんな取り組みが全国に広がれば、どんなにか素敵なことだろう。

◆オアシス21 オーガニックファーマーズ朝市村
http://www.asaichimura.com/