
書 名 堀田善衞を読む 世界を知り抜くための羅針盤
著 者 池澤夏樹 吉岡忍 鹿島茂 大高保二郎 宮崎駿
刊行日 2018年10月22日
出版社 集英社
SNS、調べもの、読書、電話に費やした時間が、スマホの通知機能で一週間に一度届く。先週はツイッターを七時間も見ていた。かわいい猫の写真、気の利いた冗談、生活に役立つこと、そして、日本や海外での女性差別の現実、人種や、国を分断させる見過ごすことができないニュースも絶え間なく流れてきて、見ることをやめられない。
ツイッターには、性別、性の在り方、人種、国、障害などへの偏見や非寛容な言葉があふれている。しかし、それに全力で、まっとうな方法で対抗し続ける力強い言葉もあり、自分がそれをリツイートすることで一瞬の応援気分を、あるいは私もなにかしているのだという、わずかばかりの安堵を覚える。
だが人差し指のリツイートではない、分断を越える知識や精神はどこで見つけたらよいのだろうか。
そこで、堀田善衞である。
1952年のデビュー作『広場の孤独』で芥川賞を受賞。1998年に亡くなるまで〈見て、知ること、歴史の重層性を知識のみならず、絶えることのない争いの歴史と、それを繰り返す人間を観察し続けてきた〉大作家であり、多くの知識人に影響を与え続けている。しかし、今年生誕百年を迎えた堀田を知らない人、名前は知っていてもどの作品を読めばいいのかわからない人は多い。
そこで『堀田善衞を読む』である。
作家・池澤夏樹、ノンフィクション作家・吉岡忍、フランス文学者・鹿島茂、美術史学者・大高保二郎、アニメーション映画監督・宮崎駿という第一線で創作を続ける五人が、身を乗り出すように堀田善衞を語っている。
池澤直樹氏は〈自分を客観視して〉〈走り回っている本人を上のほうで見ている自分〉という堀田文学の構造を身につけると、〈生きるのが楽になる〉と若い読者へ呼びかける。
吉岡忍氏は、ベ平連を支援する堀田が、韓国系アメリカ人の良心的脱走兵を長期間かくまっていたことを述懐し、〈人は乱世をどのように生きるか、ただそれだけを考えて書いた〉堀田の、〈時代の出来事を〉〈きちんと見る、全身で受け止める〉姿勢が〈文学や歴史認識につなが〉る、と説く。
鹿島茂氏は、〈わかりやすい時代というのはかえって危険〉であり、また人間を〈潔癖主義的な形で追い詰めていくことの危険性〉を堀田が考えていたと指摘し、大高保二郎氏は、堀田の〈庶民の側、無辜の民の側から権力や社会を見つめるまなざし〉、〈日本を外側から見つめるまなざし〉がいまこそ必要だとする。
宮崎駿氏は、〈お前の映画は何に影響されたのかと言われたら、堀田善衞と答えるしかありません〉と、〈海原に屹立している鋭く尖った巌のような人〉である堀田が自らの羅針盤なのだと打ち明けた。そして晩年のエッセイで堀田が、旧約聖書の伝道の書から引いた言葉〈堪ることは力をつくしてこれを為せ〉、これで自分は行くのだ、と宣言する。
堀田の著作を若き日に何度も読んだ彼らは、その後の人生で(あれはいったい何のことだったのだろう)(そうか、こういうことだったのか)と対話を繰り返し、堀田の求めたものを探り当ててきた。その宝物のような読み解きを、初めて堀田作品に触れる人のために、わかりやすく語っている(本書はインタビューをもとにした、文字通りの「語り」である)。
彼らの「語り」はバトンだ。
しかし、バトンを渡そうとしている五人は、いままでその手にバトンがあることに気づいていなかったのではないか。本書は五人が次の走者を見定めバトンパスする、テークオーバーゾーンの役割を担っているのだ。
同時代を生きた人々から憧憬と、多くの賞賛を浴びた堀田善衞の作品群は、過去のものではない。普遍的な価値を持ち、いま正に読まれるべきものだ。〈考えてダイナミックに行動〉してきた文学者の歩みから分断を越える言葉を探すために、私たちはいまバトンパスを受けようではないか。
※『堀田善衞を読む 世界を知り抜くための羅針盤』で紹介されている作品
(★印のものはamazonに在庫なし)
*池澤夏樹 作家
『若き詩人たちの肖像』(上・下)
『インドで考えたこと』
『方丈記私記』
『定家明月記私抄』
*吉岡忍 ノンフィクション作家
『橋上幻像』
『時間』
『上海にて』
『方丈記私記』
『定家明月記私抄』
『インドで考えたこと』
『めぐりあいし人びと』
*鹿島茂 フランス文学者
『若き詩人たちの肖像』(上・下)
『広場の孤独』
『ゴヤ』全4巻セット
『ミシェル 城館の人』
『海鳴りの底から』★
*大高保二郎 美術史学者
『ゴヤ』全4巻セット
『ミシェル 城館の人』
*宮崎駿 アニメーション映画監督
『広場の孤独』
『漢奸』
『広場の孤独 漢奸』
『方丈記私記』
『空の空なればこそ』★
■松本芽久美(まつもと めぐみ)
1967年富山県生まれ。
北日本放送ディレクター、リサーチャー。
*松本芽久美さんのほかの記事はこちらから。
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