
書 名 「銃後史」をあるく
著 者 加納実紀代
出版社 インパクト出版会
刊行日 2018年11月
定 価 3000円+税
30年ほど前のある会合で、パネラーとして加納実紀代さんと席を並べたことがある。彼女の発言の番になり話し始めたとたん、長テーブルががたがたと揺れ、わたしは思わずテーブルをおさえた。言葉は明瞭でパワフル。困難な問題にもたじろがず、正面から切り結んでいく人と見た。『「銃後史」をあるく』を読んで、あのときの衝撃を思い出した。
500頁に及ぶ大冊は4章からなり、1章 わたしのヒロシマ、2章 「銃後史」をあるく、3章 「大日本帝国」崩壊とジェンダー、4章 リブをひらく。既発表の論考、書評、時評などをまとめたもので、問題意識の広がりと深まりがよく見える構成になっている。
5歳で原爆に被爆した加納さんは、本書の冒頭におかれている「首のある死体と首のない死体」(1980年)から、2015年に広島で開かれた「ジェンダー・フォーラム」での報告「立つ瀬がない」まで、ずっとヒロシマを手放さないでいる。13年刊の『ヒロシマとフクシマのあいだ』では、ヒロシマ・ナガサキを経験したわたしたちがなぜフクシマを止められなかったのかを鋭く問うている。「立つ瀬がない」は原爆のジェンダー表象についての分析で、このテーマは今後さらに追及する予定と聞いており、期待したい。
書名にとられている「銃後史」は、1970年代に加納さんと共同研究者たちが先鞭をつけたテーマ。おかげで15年戦争下の日本の女たちが被害者であると同時に加害者という視点は多くの人に共有された。本書収録の論文では日本が侵略したアジアの国ぐにの女たちの表象について、ジェンダーと民族の二重構造を指摘していて鋭い。敗戦と被占領にともなうさまざまな歪み、未亡人、混血児、中国残留婦人など、いずれも一筋縄ではいかない、「 」つきの問題を史料を示しながら読み解いていく。不可視のものが可視化され、おもしろいほどジェンダーバイアスがはがされてゆく。その実証力とスキのない論理構成が光る。あっぱれな面(つら)だましいと言うべきか。
分析するにあたっては、主にメディアの表象を対象にしている。戦時下の国策メディアだった『写真週報』、都会の人間には馴染みのない100万雑誌『家の光』から、ファンタジー、少女漫画、アニメ、映画まで、多様なジャンルに目配りしている。
森崎和江と痛覚を共有し、その仕事に敬意を表した論考、第二波フェミニズムのトップランナーの飯島愛子著『〈侵略=差別〉の彼方へ―あるフェミニストの半生』の書評は、その人を知るのに他の追随を許さない、読みがいがある。
◆江刺昭子(えさし・あきこ) 女性史研究者・ノンフィクションライター。 主要図書に『草饐―評伝大田洋子』、『覚めよ女たち―赤瀾会の人びと』、『樺美智子―聖少女伝説』など」がある。
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