
書 名 戦時体制下日本の女性団体
著訳者 胡澎著、莊嚴訳
刊行年 2018年6月
版 元 こぶし書房
被侵略国の女性史研究者がみる戦時日本の女性
本書は、中国の日本女性史研究者による、15年戦争期の日本の女性たちの戦争協力にたいする告発の書である。刺激的な書であり、かつ労作である。
著者は、最盛期殆どの庶民女性を網羅した官制女性団体である愛国婦人会、大日本連合婦人会、大日本国防婦人会、大日本婦人会の4団体と民間の女性団体として婦選獲得同盟、同盟の指導者である市川房枝の思想と行動をとりあげる。著者は日本の戦後女性史研究を概観して、1980年以降日本女性の戦時体験を被害者と規定するのみではなく、侵略戦争の戦時政策に協力した加害者であるという視点の導入を評価する。しかし、日本の戦時女性史研究は細分化され、全体像がみえにくい。著者は侵略戦争の被害国の研究者として、日本の研究者の「こえがたい民族感情の束縛」をうけずに全面的に歴史を点検するとする。
官制女性団体の銃後活動と戦争責任
官制4女性団体の分析は団体の成立から消滅までをとりあげる。4団体を総合して分析することによって、いかに女性たちが戦時政策を体現したか明確になっている。4団体に共通した特徴と役割をあげ、女性たちは自発的に国策に参加し、戦時体制、ファシズム的軍国主義を強化したのであり、官制女性団体は不正義の戦争にたいし、避けることのできない責任を負っていると記す。
それではなぜ、官制女性団体は銃後活動を忠実に行ったのか。著者は日中戦争が全面的に展開する時期以降をとりあげる。女性論・母性論が歴史上最も論じられた時期である。家庭報国三綱領や戦時家庭教育指要項などにおける家は国であるという家族と国家を直接に結合する家族国家論や倫理教科書の女子教育論、忍耐、自己犠牲の精神によって家父長制と国に奉仕する精神、国のための子育てを強調する国家母性主義、武士道精神や忠君愛国を陶冶する近代天皇制が女性団体の銃後精神を培ったとする。著者は精神動員、マインドコントロールを重視しているようだ。女性差別を内包する天皇制、家族制度の影響は市川房枝に関しても、さらに今日の女性の地位の低さにかんしてもその要因として言及する。
婦選獲得同盟と市川房枝の銃後活動と戦争責任
婦選獲得同盟に関して、著者は男女平等の実現のみを追求したブルジョア女性団体として、階級差別の廃止を掲げた無産女性団体と区別する。無産女性団体の叙述をかなり行っていて、それも本書の特色であるが、1980年代以降の日本や世界のフェミニズムからみると、あまりに古典的である。1928年の普選実施後、女性たちの参政権要求は広がって、無産婦人団体との共同行動になり、満州事変後ファシズムや軍事予算増額に反対してきた婦選獲得同盟と市川房枝が、戦時体制に協力する契機は選挙粛正運動への参加であり、その後の精神総動員運動の各種委員会への参加であった。市川の各種翼賛団体への参加の論理は女性の要求を反映させる行政への女性参加の増加であり、これが女性解放につながるという幻想を抱いたと著者は記す。戦時体制への参加を著者は「転向」と規定し、従来の女性運動への裏切りという。筆者も戦時体制への協力は選挙粛正運動への参加から始まると考えてきた。
市川だけではなく戦前の多数のフェミニストが、同じ論理によって1937年以降国策団体に参加したが、その背景に女性解放運動は30年前後に第3期の高揚期を迎えており、女性たちの多様な要求が、総力戦体制の国策と合致したこともあるだろう。
著者は、市川の「転向」のもう一つの要因は彼女の強い指導者意識であり、女性解放を階級闘争によってではなくブルジョア・リベラリズムによる狭い視野から求め、自民族の女性のみを対象とし、国家と民族を超えていたといい難く、侵略された国の女性にたいする同情心を持っていなかったことであるとする。市川は自国の女性運動、女性たちにたいして、被侵略国にたいして戦争責任を負うとする。日本のフェミニストが中国の女性たちから拒否された「日支親善」を唱えた土壌もここにあるだろう。
庶民女性の戦争責任
この責任は道義的責任であるが、侵略戦争の道義的責任は庶民女性も負っているとする。
女性の加害責任は自国の軍事力を無視した侵略戦争を行い得た総力戦体制の在り方と著者が重視する日本人の精神のあり方を規定した天皇制や家族制度、戦時期のさまざまな官公文書による。筆者は総力戦体制がどのように国民の日常生活を囲繞してきたか、これを解くことが、加害責任を一般庶民女性が自己の問題として考える糸口になると考えてきた。日本の女性たちが侵略戦争への加担、侵略戦争の基層をなす民族差別にどのように向き合ってきたか、その一端は戦後女性史が示しているだろう。
第2次安倍政権以降の政権は、国民の言論や思想を監視する体制をしき、さらに海外戦争を可能だとし、憲法改正を意図している。憲法9条と個人の権利を保障した13条、個人の権利と平等を土台にした家庭を規定した24条の改正は、密接に連携して、戦争遂行を可能とする体制をめざしている。家庭教育にも介入しようとしている。このような情況を考える参照線を、本書は提供している。
◆はやかわ・のりよ
1941年生 女性史研究者
主著 『近代天皇制国家とジェンダー』(青木書店、1998)
編著『軍国の女たち』、同『植民地と戦争責任』(吉川弘文館、2004)、
共編著『歴史をひらくー女性史・ジェンダー史からみる東アジア世界』(御茶の水書房、2015)など
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