「危険と歓楽の夜」Night of Danger and Pleasure


1982年、ニューヨークの個展でAnn Morse Cohen さんが購入された油絵「危険と歓楽の夜」が、
このたびカンザスシティーのご遺族からアーツ前橋へ寄贈されました。
これは私が37年前に前橋で描いた作品です。
当時の個展ポスターとともにアーツ前橋ギャラリー1に展示されます。
ぜひご高覧いただきたく、ご案内を申し上げます。

 高畑早苗


作品タイトル:「危険と歓楽の夜」Night of Danger and Pleasure
1982年制作 キャンバスに油彩 116.7 x 91 cm
展示期間:2019年2月2日(土)ー3月24日(日)
場所: アーツ前橋 ギャラリー1
時間: 11:00 - 19:00 (入場は18:30まで)水曜日休館
住所: 〒371-0022 前橋市千代田町5-1-16
JR前橋駅北口から徒歩10分
Contact: mail@sanae-takahata.com
Website: http://www.sanaetakahata.jp


Night of Danger and Pleasure was painted in Maebashi in 1982 and sold the same year at my first solo exhibition in New York to a Kansas City art collector. The work returned to Maebashi after 36 years, fulfilling the wish of the deceased owner, Ann Morse Cohen, and became part of the Arts Maebashi collection.
The oil painting will be exhibited from February 2 to March 24 at Gallery 1 along with the original New York art exhibition poster which Ms. Cohen saw in an art magazine and prompted her to purchase the work.
I would like to invite you to come and share this magical moment of my work's journey.

Sanae Takahata


Saturday, February 2 ー Sunday, March 24, 2019
Arts Maebashi
Open: 11 am - 7 pm
Closed on Wednesday
5 -1-16 Chiyodamachi. Maebashi-city, Gunma
371-0022 Japan
Pone: (+81)27-230-1144
10 minutes from JR Maebashi Station
www.sanaetakajhata.jp
Contact:mail@sanae-takahata.com


旅するティーカップ

グリンバーグ治子

私の友人、早苗はいつも旅をしている。前橋生まれの彼女は、ここのところ東京に住んでいるが、
その心や体やイマジネーションは、限りなく、休みなく、いろんなところを飛び回っている。
そして旅の途中で出会った人たちが、繰り返し繰り返し、彼女の元を訪れる。私もその一人。
私たちの再会の場所は、シアトル、カサブランカ、ハバナ、東京、クラクフ、ワシントンとあちこちだが、
どこであっても、私はいつも彼女の変わらない人間性に感銘し、芸術への真摯な取り組みに刺激される。
でも、この夏、アン・コーエン(1932-2017)が思いがけない形で、早苗の元に戻ってきたのには、
さすがの彼女も驚いた。

早苗の旅は、1977年パリに始まった。18歳、高校を卒業したばかりの早苗が、前橋の岩神銀座商店街から
何のつてもなしに、ひとりで飛び込んだ芸術の都。そこで彼女は、多くの芸術家の卵たちとともに腕を磨きながら、
パリに暮らすさまざまな人々と出会い、生き方と芸術が一体となった青春時代を過ごす。
3年半後には現代アートの中心ニューヨークに拠点を移し、ここで旅のエネルギーは、一気に加速度を増した。

パリ以上に、世界中からいろんなアーティストたちが集まるニューヨークで、21歳の早苗は勇敢に生きる。
日本からの仕送りを頼めなかった彼女は、絵で食べていくしかなかった。もともと根っからの下町っ子で
人懐っこい彼女は、タフな、でも、優しい人たちがたくさん住んでいるこの街でも、人生の糧となる人たちに出会った。
そんな人たちをモデルにした絵は、メトロポリスに生きる早苗の現実とイマジネーションを幻想的に映し出し、
時代の空気と新しい才能に敏感な画廊主たちの注目を集めた。

1982年、ゾマ・ギャラリーでの個展が開かれる。「アート・イン・アメリカ」という芸術誌に載った
展覧会予告ポスターの絵を見て、オープニング前に画廊に電話を入れ、この絵を買った女性がいた。
プロとしての早苗を真っ先に見つけた人̶̶̶この人がアメリカ中西部カンザスシティーに住むアンだった。
画廊のオーナーも、早苗も、この女性に会ったことはない。

「危険と歓楽の夜」(1982年)と題されたこの油絵には、マンハッタンの摩天楼を背景に、ティーカップの
乗り物に乗った二人の女性が描かれている。この絵のモデルは、キューバ革命でアメリカに亡命したマレーナと早苗。
当時一番仲が良かった二人である。
盛況だった個展が終わると、すぐにこの絵はニューヨークからカンザスシティーのコーエン宅に送られた。

それから36年後、カンザスシティーの美術鑑定家から早苗のもとに連絡が来た。アンが亡くなり、その遺志によって
家族はこの作品を公共の美術館に寄贈したいという。早苗は、自分が生まれ育った前橋の美術館に引き取って
もらえたら良いな、と願った。
不思議な巡り合わせともいえるが、この絵は、ニューヨークでの個展を目指して、一時帰国中に父の友人が営んでいた
花屋の二階で描いたもの。ティーカップは、子供時代に遊んだ前橋公園ルナパークの乗り物だ。
この絵には、前橋とニューヨークという二つの場所が、早苗の全 体験を通じて描かれている。

アメリカから完璧な状態で送られてきた絵と久しぶりに対面し、早苗は感激した。
そして、この絵が大事にされ、アンやその家族に愛されてともに生きた年月の深さを感じた。


アンはボストン郊外生まれで、ファッションやデザイン、音楽が好きだったという。優しい人柄で好奇心にあふれ、
和やかな笑い声は、周りの人も幸せにした。ファッションのバイヤーとしての仕事、地元のオペラや、
書籍フェアでのボランティアを楽しんだ。人生最後の13年間は、小学校でアートクラスの助手を務め、
子供たちから「ミス・アン」と慕われた。
二人の子供と孫たち、残されたペットのプードル犬が、今も彼女を恋しがっているーーー。

そんなアンの略歴も消息も、2018年2月カンザスシティーの新聞に載った彼女の死亡通告記事を見つけるまで、
早苗は知らなかった。「ヴォーグ」や「ハーパーズ・バザー」といったニューヨーク発の雑誌を愛したというアンは、
早苗の絵に自分と共通する何かを見出したに違いない。

早苗がアメリカで本格的なデビューを果たす鍵となった「危険と歓楽の夜」。
前橋で描かれた絵は、早苗の旅を追いかけるように、再び前橋に戻ってきた。
42年にわたる早苗の芸術活動のなかで、日本の美術館に作品が収集されたのはこれが初めてだ。

今、前橋に住む両親の介護に通いながら、「私がわたしとして生きていくためには、ここを出るしか道はなかった」と、
早苗は確信する。画家は40歳から、といわれていた時代に、十代の若い女性が、自分が描きたい絵を描き
アーティストとして生きていける道など、前橋にはなかったのだ。
父の大反対を押し切って家を離れ、芸術の世界を追求した。

長い道のりだったかもしれない。でも、前橋という原点を失わなかったからこそ、世界のどこにいても、
自分に忠実な創作を続けられたのだ。怖じけず我が道を進んできたことが誇りに思える。
この一枚の絵が再び 切り開いてくれた人生に、早苗はまた見知らぬ旅の予感を感じる。


グリンバーグ治子:1956年熊本生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。元朝日新聞記者。
1986年、夫の米国務省入省を機に渡米。以来、赴任に伴って世界各地で暮らしている。
ワルシャワを皮切りに、カサブランカ、ハバナ、モスクワ、東京、サンクト・ペテルブルグ、クラクフ、
ヒューストン、大阪・神戸を経て、2017年からワシントン在住。