今回は、出したばかりの本の宣伝をさせてください。

 この2月、『利用者の思いにこたえる 介護のことばづかい』という、130ページそこそこの小さい本を共著で出しました。

 介護のことばについては、2009年にEPA(経済連携協定)でインドネシアから来日した介護福祉士候補者の日本語支援に係わって以来、調査・研究を始めて、今やその泥沼でもがいているところですが、今回のテーマはその現場での「ことばづかい」に焦点を当てています。しかも介護を受ける人ーー利用者と呼びますーーの思いにこたえる」ための「ことばづかい」です。

 そもそもは、介護に従事する外国人が習得しなければならない日本語がとても難しい、教えるのも大変だが、学ぶ方はもっともっと大変だというところから始まっています。

 そして、この本を書くきっかけになったのは、介護のことばのわかりにくさ・難解さの実態を調べる過程で行ったアンケート調査です。介護を受ける利用者とその家族はどう感じているか知りたいと思いました。現場でよく使われていることばを30語出して、それぞれ見たことがあるか、聞いたことがあるか、またその意味はわかるか、ということを尋ねました。

 その結果、介護現場で見たり聞いたりする専門語や略語の中で、利用者や家族がわからないと答えたことばがいくつかあることがわかりました。しかし、そうした設問に対する答えよりも、設問の後に設けた「介護のことばや言い回しについて、ひごろ感じておられることがありましたら書いてください。どんなことでもけっこうです」という自由記述欄への書き込みには圧倒されました。中には400字以上の長い文もあり、ワープロで打ったものを貼り付けてくださったのもありました。回答者の半数以上の方が記入してくださっていて、その内容は次に示すように、ご自分の体験に基づいた具体的で切実なものばかりでした。
  
・子供のように接しないで一人の大人として介護をしてほしい。
・専門用語の意味がわからないため、その説明がほしい。略されると余計わかりづらい。
・初めて来たヘルパーさんが母にいわゆる『タメ語』の言葉使いをしていた時は驚き、母がバカにされている様に感じました。

 こうした必死な声を、調査した者だけが読むのでは申し訳ない、なんとか現場のスタッフに届けなければいけないと思いました。そういう思いで作ったのがこの本です。

 本の内容は、全部で5章ありますが、初めの1章と2章は主に現場の方への訴えとお願いです。幼児に話すようなことばで話しかけないでほしい、はるか年上の利用者に、ため語で話すのはやめてほしい、体は弱っていても、無力者扱いはされたくないと思う人がいる……こうしたことを、現場の皆さんに知ってほしいと思います。

 3章と4章は、オノマトペなどの言葉遣いで、現場の皆さんに気づいてほしいことを書いています。特に外国からきた介護スタッフに対するときや、スタッフの年齢差が大きいところでは、注意が必要です。そういう現場の方に気づいてほしい点をいくつか挙げています。

 5章では、利用者や家族はどういうことばづかいを望んでいるかを考えています。アンケートに書かれていたのは、注文や訴えばかりではありません。「デイサービスの施設の方から優しい言葉を聞くと安心します」というおほめの記述もありました。

 これらの本文のほかに、この本には、「介護版ミニ敬語講座」と「言い換えたい難しいことば」という付録を載せています。敬語講座を付録にしたのは、介護記録を借りてきて読むたびに、皆さんが敬語でずいぶん苦労なさっていることを知っていたからです。なんとかして、そのご苦労を軽くできないかと思いました。

 もうひとつの付録は、難しいことばの言い換えのリストです。ここに示した難しいことばは、明治以来医療や看護の世界で使われてきた漢語がほとんどですが、介護の利用者と家族がわからないと言っていることばでもあります。その代表格が「褥瘡=床ずれ」です。看護学の本でも介護の教科書でも「褥瘡=床ずれ」を作らないことが出発点として詳しく説かれています。外国人スタッフも現場に入ってすぐ「床ずれができないように、体の向きをよく変えてください」と指導されます。介護福祉士国家試験では、「褥瘡」に関する問題がほとんど毎年出ています。

 ほかにも、試験や介護記録では「軟膏を塗布する」「仰臥位になる」のような専門用語を使い、直接利用者や家族と話すときは「軟膏を塗りましょう」「あおむけになってください」のような日常的な言い方するという、2つのチャンネのことばがたくさんあります。その2つを介護スタッフは使い分けています。当然、EPAなどの外国人スタッフにもそれが求められます。でも、来日して2年や3年の外国人スタッフに両方を覚えなさいというのはとても酷なことです。こんなむずかしいことばを覚えるのにたくさんのエネルギーを使うくらいなら、その分もっと余裕をもっていいケアをする方に時間を回してほしいと思います。

 もう、専門用語は日常に使われる方の「床ずれ」「塗る」「あおむけになる」に言い換えてもいいのではないかと言いたいのです。介護の職場は看護師や医師との連携が大事だから、専門用語は知っていないとまずいといつも言われます。それなら、看護師や医師も「床ずれ」式の日常語にしたらいいのではないでしょうか。そうしない限り、介護の国際化は無理です。

 ここから先は、読者の皆さんにお任せします。ことばの大切さはわかるけど人手不足で眼の回るように忙しい現場では、それより先にしなくてはいけないことがいっぱいあって……と、よく言われます。いっぱいある大事なことを、順番に片づけていって、全部片づくのを待っていたらいつまでも順番は回ってきません。ことばは人と人を結び付ける一番基本的な道具です。

 なにはともあれ、まずこの本を手に取ってみてくださることを心から願っています。
『利用者の思いにこたえる 介護のことばづかい』(遠藤織枝・三枝令子・神村初美  大修館書店 2019年2月 1400円)

利用者の思いにこたえる 介護のことばづかい

著者:遠藤織枝

大修館書店( 2019-02-13 )