
1955年第1回の母親大会を主催した丸岡秀子さんが、その大会のあいさつで「主人と呼ばず夫と呼ぼう」と提唱したことは有名な話です。それ以来約70年、妻の夫に対する呼称「主人」は、折に触れて、新聞や雑誌が特集したり、講演会が開かれたりして問題になってきました。つまり、いまどき女中でもないし従属しているのでもないから「主人」と呼ぶのはおかしい、だから「主人」とは言いたくない、ほかにいい呼び方はないかなどの問題提起です。
わたしも何度か実際の呼び方を調査したり、明治時代から昭和初期までの呼称を調査したりしました。明治時代は夫のことを「主人」と呼ぶ人は少なく、新聞紙上で見る限りでは「夫」と呼ぶ人が一番多いこともわかりました。戦後になって、「主人」が標準的な呼称と思われて、使う人が多くなったこともわかりました。それで、「主人」はそんなに歴史や伝統のあることばでもないのだから、妻が夫を呼ぶ標準的なことばと考える必要はない、と言ったり、書いたりしてきました。貞淑な妻を演出する言葉として最も標準的だなどと思うのは間違いなのです。
でもでもまだ「主人」と呼ぶ人はかなりいます。夫と自分は対等で従属関係などないから、ほんとは「シュジン」はおかしいと思う、けれども、夫の会社の人と話すときに「夫が……」というと、「このおくさん、なんか威張っている」ように思われそう、だから「シュジンがお世話になっております」と言ってしまう。そういう話もよく聞きます。家では互いに名前を呼び捨てにしている友達のような夫婦の妻でも、外では「シュジン」と言っていたりするのです。
もうひとつは、これも50年代から言われてきたことですが、自分の夫のことは「夫」と呼べるが、他人の夫のことをどう呼ぶか、「ご主人」以外にいい呼び方がないではないかという、相手や他人の夫の呼称が「ご主人」しかないからと言って「主人」が残って来た経緯もあります。他人や相手の夫のことは「夫さん」でも「おつれあい」でも「ご夫君」でも、いくらでもあるからと、わたしなどは言い続けてきたのですが、あまりにも微力でした。
そうはいうものの、最近「夫」と呼ぶ人が増えてきていることは確かですし、新聞なども「主人」は使わないようにしているらしいことも窺われます。少しずつではあっても「主人」が減ってきていると実感はしていました。使う人もいるけれど、趨勢としてはそのことばの差別性に気がついてきた人が多くなり、あまりに実態とかけ離れてくれば、いずれは消滅していくだろうと楽観視していました。女性が輝く社会を本気で目指すなら、夫を「主人」と呼べるはずはないし、「主人」こそ夫を輝かせることばですから。
しかし、3月16日の『朝日新聞』の「ひと」欄を読んで、わたしは頭をガンと殴られた気がしました。
そこには韓国の小説家趙(チョ)南柱(ナムジュ)さんが紹介されていました。趙さんの『82年生まれ、キム・ジョン』という「女性差別を描いた小説が韓国で約110万部」のミリオンセラーになり、「日本でも昨年末に翻訳出版され、アジア文学としては異例の9万部に達した」のだそうです。その趙さんが来日したのを取材して記事が書かれていました。
川上未映子さんとの対談で、夫を主人と呼ぶ言い方があると聞き、「まさか。信じられない」と絶句。日本で一番驚いたことだった。
この文章を読んで、わたしは、本当に頭を殴られた思いでした。日本にはもう主人と呼ぶ言い方はないと信じていた趙さんを日本の女性は裏切ったのです。本当に申し訳ないし恥ずかしいと思いました。
もう一つは大きな驚きと羨望です。わたしが現役の時は、韓国からの留学生にも多く接していました。そして、10年ぐらい前まで、韓国は男社会で男尊女卑、長幼の序の儒教意識が強く残っている、結婚したら女性は男の家の嫁となり、仲秋節や新年の家族の集まりでは男は飲み食いするだけ、女はせっせと料理を運びサービスするだけ……、といつも聞いていました。
その韓国で、女性差別を描いた小説が110万部も売れているということです。韓国の人口は約5100万人です。そこで110万部ということは、日本の人口にあてはめたら260万部に相当します。記事には、「主人公ジョンが幼い頃、父、弟、の順でご飯が配られ、給食でも男子優先、儒教の影響もあって男児を好む傾向があり、女児と分かると中絶をすることもあった。日常の差別がこと細かく書かれている」とあります。まさに、わたしが聞いていたとおりです。そういう本を韓国の人が46人に1人の割合で読んでいるということへの驚きと羨望です。韓国は急劇に変わっている、10年前の韓国知識ではもう役に立ちません。
韓国の人たちは、女性差別がいけないと知ったら、どんどんそれを改めていきます。自身の夫について、「作品を読み、夫が変わった」と趙さんは述べています。「言葉では難しかったことが伝わった。家事は手助けではなく、自分の仕事と考えるようになった」。そして、趙さんが滞日中、「夫が休暇を取って小学生の娘とソウルで過ごした」そうです。なんとまぶしいばかりの変身です。
わたしは、今こそお隣の韓国に学ばなければいけないと思います。そして、主人と呼ぶ言い方がないようにしなければいけないと思います。一日も早く、日本にはそんな女性差別の呼び方はないと思っていた彼女の日本理解が正しかったことを実証しなけれないけないと、心から思います。
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