2018年度の年間のテーマは「日本のフェミニズムの代表作品を読む」でした。前期の戦後編に続き、後期は戦後編。全部で6テーマ、14編の作品を輪読しました。さらに和光大学ジェンダーフォーラム主催講座「同性結婚の現在について考える―アメリカ合衆国の事例を中心に―」に参加し、法学的視点から同性婚について考えました。

今回は、輪読を中心に読書会の様子をご報告します。

①「日本のフェミニズムの歴史を概観する」 井上輝子さんのレクチャーで、日本のフェミニズムの歴史について学びました。それによって、これから読み進めていく代表作品を歴史の中に位置付けて、作品を読むときの着眼点を確認しました。

②主婦論争 第一次主婦論争および第二次主婦論争の契機となった石垣綾子と磯野富士子の作品を取り上げました。読書会メンバーで〈女〉として生きてきた経験をもとに感想を述べあう中で、「主婦」はいまなおフェミニズムのテーマなのだと気づかされました。

③リブの叫び・フェミニズムの問い 「便所からの解放」(田中美津)と「〈女の視座〉をつくる」(井上輝子)を読みました。2作品に通底するテーマを読み解く中で、新たな視座をつくってこられた先駆者たちの力強い表現に圧倒されました。そして、新たに視座を得ることで〈女〉は、〈女〉であるゆえの抑圧を可視化し、考察する力を持てるのだと気づけたことで、読書会の意義を再確認できました。

④リプロダクティブ・ヘルス/ライツと女性に対する暴力 「産む産まないは女(わたし)が決める」(大橋由香)では、「女(わたし)が決める」とあえて断言することに大きな意味の込められていたことを知りました。人口政策の名のもとに女の身体が国家にコントロールされてきたとの指摘を受けて、科学技術の進展した現代では課題はより複雑になっていることを考えました。「女性・家族・暴力」(内藤和美)では、男性性と暴力がリンクしてきたことを問題点として抽出し、「加害」になる以前の教育の必要性を指摘されていました。暴力による解決を学んでしまう男性ジェンダーのあり方そのものを問い直すという大きな視点に目を開かれる感じがしました。

⑤労働市場での性差別 「『機会の平等 』か『結果の平等』か」(竹中恵美子)では、均等法成立前、「保護」と「平等」の2項対立的にされがちであった「平等」に関する議論を整理して考えました。次に、「家父長制と資本制 抄」(上野千鶴子)ではフェミニズムの提示した「家父長制」の意味を考え、「企業中心社会の労働とジェンダー」(大沢真理)では、「パートタイム」が家父長的な特徴をもつ企業社会における「身分」であるとの指摘に納得しつつ、30年以上を経た今の状況を統計調査結果等にもとづいて考えました。

⑥ジェンダーとセクシュアリティ 「プレイタウンで焼け死んだホステスたち 」(深江誠子)を読む前に、当時の事件に関するテレビドキュメンタリー番組の一部を視聴しました。「ホステス」を切り口に日本の女性の貧困の問題を考えました。また「ポルノ文化と性暴力」(船橋邦子)では男性中心の性産業に女がからめとられていく過程を知り、それが広くアジアの問題であることを考えました。

⑦表現とメディア 「絵本にみる女(の子)像・男(の子)像」(藤枝澪子)。絵本というメディアが無意図的ではあると言え、ステレオタイプ的な男女像を描いていることを知りました。次に「偏りでつくられた国語辞典」(遠藤織枝)では、言葉の意味を知る基礎である国語辞典の例文に、制作当時の男女観が反映されていることがわかり、興味深く思いました。報告担当者が今の国語辞典の記載を例文として提示したのをきかっけに、話が膨らみました。そして「現実をつくりだす装置・イメージCM」(鈴木みどり)。メディアが発信するメッセージが現実をつくりだすとの観点に共感しながら、各々が日ごろ気になっているCMについての話題提供など出し合いました。生活の中で受け取っているメッセージが、制作者の意図を含むものであることを知って、分析的にみることは興味深い作業でした。

⑧「日本のフェミニズムの歴史」 作品を読み終えて、再度レクチャーで学びを振り返りました。とても贅沢な時間でした。


 (写真は 2018年度後期のまとめの会の日。井上輝子さん作成のパワーポイントをまえに@和光大学ジェンダーフォーラム。 筆者撮影)