
書 名 塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性
著 者 藤本和子
刊行日 2018年12月14日
出版社 岩波現代文庫
七十年代、公民権運動が一段落したアメリカ南部。
そこに暮らす黒人女性たちをたずね、彼女たちの過ごしてきた日々を、彼女たちの母の日々を、祖母の、先祖の、記憶と歴史を藤本和子はていねいに聞き取っていく。あらかじめ質問を決めたりしない。ひとりの女性に会って話を聞いて、その女性から次の女性を紹介してもらうという方法で四十人以上の女性に会った。
〈ゲットーの暑い夏の日には、沈殿した絶望や失意がやはりゆらゆらと陽炎となってゆれている〉と藤本が書けば、わたしたちは聞き取りのその場へさらわれていく。夕暮れの古びたポーチで、あるいは葬儀の行われている教会の堅いいすで黒人女性たちが語る物語を、藤本と一緒にじっと聞いている。難しいことばや、きどったいい回しなどひとつもでてこないのに、一文一文が湿気をたっぷりと含んでいて生あたたかく重い。
アメリカ南部で黒人で女性であるということは〈この世でもっとも低い場所におしこまれていること〉だ。藤本は彼女たちがどのように〈苦境にあって人間らしさを手放さずに生きのび〉てきたのかを、とても親密に探っていく。〈この狂気(アフリカからの離散、奴隷、虐待、蔑視、貧困)を生きのびることができたわけ〉にじっと耳をすませる。
ユーニスというアフリカを旅した女性は、現地のとても細く小さな黒人の女が薪束を頭にのせて運んでいるのをみて、自分もやってみようと薪束を持ち上げようとする。びくともしない。ツアーメンバーの百九十センチもある白人の巨漢男性だって持ち上げられなかった。そのときユーニスは悟るのだ。〈だからこそ、わたしたちは生きのびたのだと。彼ら(奴隷としてつれてこられた先祖)は特別にすぐれているのだ〉〈それなら、あたしもきっとすぐれているのだ。個人としても〉。
黒人であるだけでさげすまれ、いつの間にか自分でも自らを劣った存在と思うようにしむけられていたことに気づいたとき、ユーニスは自分たちが生きのびてきたわけを知る。と同時にユーニスの発見をたどった読み手は、自分自身がいかに長く深く黒人への差別感情を刷り込まれてきたのかも、いやおうなく知らされる。そのあとに自分もユーニスなのではないか、と気づくのだ。
タイトルの「塩を食う女たち」は、トニ・ケイド・バンバーラの長編小説からとられている。
〈塩にたとえられるべき辛苦を経験するものたちのことであると同時に、塩を食べて傷を癒すものたちでもある。蛇の毒は塩を食って中和する。「蛇の毒」は黒人を差別し抑圧する社会の毒である。〉
本書が初めて世に出てから三十六年。アジア人でありジェンダーギャップ指数110位の日本に暮らす女性であるわたしたちもやはり、塩を食べ塩に癒されてきたのか。
藤本はこたえる。〈彼女らの語り声は、わたしたちの背の向こうで、いつか声を与えよと待っている日本の女たちの声を掘り起こし、彼女らの名を回復しようとするわたしたち自身に力を貸してくれるかもしれない。〉
■松本芽久美(まつもと めぐみ)
1967年富山県生まれ。
JPIC読書アドバイザー
北日本放送報道制作部デスク
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