いま、日本語教育で使う会話のテキストを編集しています。日常生活の中の話し合いを題材にして、自然な会話に慣れ親しんでもらおうという趣旨の会話教材です。

 編集作業も最終段階にきて、会話ごとに挿入するイラストをイラストレーターに頼みました。13の会話のそれぞれの会話文を見せて、こういうイラストにしてくださいと指示をして頼みましたが、その中に、こちらの指示した内容や意図と合わないものが5つあって、それらは描き直してもらいました。それらの最初の指示の内容と、それを絵にしたものを以下に記します。⇒で示すのが、描かれたイラストの中身です。

1.会社の同僚2人が、別の同僚のうわさ話をしている場面を描いてください。
⇒会社で女性2人が親しそうに話し合っている絵。

2.20代の女性が「自分の母親はとてもパワフルで、介護の会社を立ち上げて、しかも朝から家族のためにトンカツを作っている」と話しています。そのパワフルなお母さんを描いてください。
⇒バイタリティーあふれる中年女性が、髪を振り乱し、フライパンを振り回している絵。

3.大学生2人が、公務員になろうか、一般企業に就職しようか話しています。働いている人たちの絵を描いてください。
⇒スーツ姿のサラリーマン風の人の集団で、ほとんど男性で、ちらほらと女性が混じっている絵。

4.会社の昼休みに、子どものころの夏休みのラジオ体操を思い出して話し合っています。ラジオ体操の場面を描いてください。
⇒元気そうな3人の小学生が体操している絵。体格の良い丈夫そうな男の子が真ん中で、左右にちょっと小さい男の子と女の子が描かれている。

5.美容院での会話で、①男性の美容師が、女性の客の髪のカットについてアドバイスしている場面と、②女性の美容師が女性の客のパーマのかけ方を相談している場面、があります。美容院の中の様子を描いてください。
⇒女性美容師が客の髪を切っているイラスト。

 なぜ描き直しを頼んだか、WAN の読者にはいまさら説明は要らないものもありますが、指示とイラストレーターの受け止め方にもかかわることもありますので、描き直しの指示の内容とその結果を書いておきます。

1.は、実際の会話は車の中で、上司と部下の2人の男性が、別の同僚Kの巧みな話術に感心したりあきれたりして話し合っています。その会話の文章と一緒に、「会社の同僚2人が、別の同僚のうわさ話をしている場面を描いてください」と依頼しました。当然のこととして、男性2人の絵を描いてくると思っていましたが、そうではなかったのです。「うわさ話をするのは女だ」と男性イラストレ—ターには刷り込まれていたのです。結果は、車中で男性2人が話し合っている絵になりました。

2.は、パワフルな女性を、髪も振り乱して、野球のバットを振るようにフライパンも振り回す極端に強い人として揶揄して描いています。もっと普通に、仕事も家事も楽しそうにしている「パワフルな」女性を描いてくださいと頼みました。

3.働いている人は男性ばかりではありません。女性ももっとたくさん描いてくださいと注文をつけました。

4.男の子2人に女の子1人では困ります。男女同数にするか、女の子を真ん中にしてください、と注文しました。結果は男の子2人と女の子2人が並んで体操している絵になりました。

5.美容師は男性にしてくださいと頼みました。

 今回のイラストのいきさつで、つくづく思いました。頼んだイラストレーターが特にジェンダーや働く女性に対する刷り込みが強い人だったのかもしれません。でも彼のおかげで、働いているのは男、美容師は女、うわさ話が好きなのは女、子供の群れを描くときは男の子が中心、パワフルな女性はなりふり構うことはしない、という思い込みをしている人が現実にいて、その刷り込みでイラストを描いている人がいることを知りました。

 そして、今回は描き直してもらうことができましたが、おそらくこういう思い込みで描かれるイラストはわんさかあることでしょう。その思い込みで描かれたイラストによって再生産、再々生産されていく思い込みの累積を考えると眠れなくなります。

 たかがイラストと思ってはいられません。どんな小さなイラストにも目を光らせて、そこに表れたジェンダーの思い込みや刷り込みを指摘していくこと、それが低すぎる日本のジェンダーギャップ指数を少しでも高めることのできるひとつの道です。