去年の夏、95歳の母と92歳の叔母を熊本から京都に迎えて、ちょうど1年。この暑いさなか、車椅子の母と手押し車の叔母を新幹線に乗せ、娘と孫娘をつれて8月3日から1週間、1年ぶりの熊本の古い家へ、そして阿蘇へゆく。

 西南戦争の戦火が見えたという築150年の町家。3年前の熊本地震で隣のお寺は全壊したが、この家はなぜか無事だった。ありがたいことに従姉妹が時々、訪ねてきて風を通してくれている。

 娘と孫は向かいの全日空ホテルに滞在。事前に5人分の荷物を宅急便でホテルに送り、トランクをもってホテルと家をいったりきたり。ホテルの人も笑って見ている。

 叔母は着くとすぐに裏庭の植木の掃除や水やりに余念がない。くたびれないかと気が気でないが、楽しそうに動いているので仕方がない。壁にかけたカレンダーは1年前のもの。柱時計も電池切れで止まったまま。電池を換えて「時」を進める。2階の長持ちやタンスから衣類や持ち帰りの品を探す叔母を横で手伝う。このところ叔母も少々認知症が進み、今、取り分けたものをすぐに忘れてしまうのだけれど、それも、まあいいか。

 翌日は2泊3日で阿蘇へゆく。途中、江津湖の畔の母の家に立ち寄る。植木屋さんが木を剪定してくれたようで庭もすっきりとしていた。

        綠の小箱

 快晴。大きめのレンタカーを借りたけれど、心臓にペースメーカーを装着した母にシートベルトはつけず、少ししんどくなると塩飴をなめて水筒に入れた井戸水を飲ませると、スッと楽になるようだ。

 車窓から雄大な阿蘇の風景を眺め、ようやく復旧した国道28号線の俵山トンネルを超え、149号線との交差点から森の奥へとどんどん進む。カフェギャラリー「緑の小箱」を目指して。

 クヌギの森の木漏れ日と小鳥のさえずりが聞こえるテラスで、ゆっくりとおいしい昼食をいただく。森の中は街中より5℃は涼しい。テーブルの下にペルシャ猫のチボリが寝そべっている。猫は涼しい場所を、よく知っているんだ。孫は猫と周りの景色を夢中で写生している。

     クヌギの森

      森のテラス


 カウンターに今年2月に100歳で亡くなられた堀文子さんの本があった。堀さんのことを話しかけると、私と同世代の女主人は、若い頃、ヨーロッパで絵を学んだと語り始める。壁には自作の絵が飾られている。テラスにはイギリスのテートギャラリーやパリのギュターヴ・モロー美術館、ルーブルやウフィツィなど各国の美術館の分厚い画集が並べてある。

 もう10年以上前、憧れのロセッティの「プロセルピナ」に会うためにテートギャラリーへいったこと、道に迷い、迷い、やっとたどり着いたモロー美術館など、旅の途中で訪れた名画の数々を懐かしく思い出しながら、そっとページをめくってみた。

 そばで絵を描いていた孫に、女主人は「絵が上手になるにはね、若い時に外国の美術館を訪ねて、いい絵をいっぱい、いっぱい見ることよ」と小学生の孫にもわかるように話しかけてくれた。

      葉祥明美術館


 母と叔母を南阿蘇の宿に送り届け、再び車で阿蘇長陽村の丘の上の「葉祥明阿蘇高原絵本美術館」へいく。犬のジェイクや葉祥明の原画が並ぶ展示室のドアを開けると、目前にパーッと広がる阿蘇の山々をバックに1本の木が立っている。その木の向こうに、幸せを呼ぶというハチの「ブルー・ビー」の小屋がある。帰り際、館長で葉祥明の実弟・葉山祥鼎さんが孫にサインをしてくれた。

 宿に戻って母と叔母と温泉に入れる。2人の世話をしていると横から上手に手伝ってくださる方がいる。実に手際がいいのだ。「あの人はね、近くの老人ホームの社長さんですよ」と教えてくれた。なるほど、さすがにプロだと納得する。

    草千里


 翌日、母と叔母は宿でお留守番。阿蘇ファームランドでアスレチックや手づくり体験をして、阿蘇の火口をめざして草千里まで走る。快晴の空と山。阿蘇山上から南阿蘇まで、ぐるぐる回って山道をくぐり抜けて帰る。この日は孫の満9歳のお誕生日。バースデーケーキでお祝いする。

 一夜あけると台風8号がやってきた。夜中に停電。しばらくしてパッと電気がついた。「お化けがスイッチを入れたのかしら」と思ったら、宿の非常灯だった。朝方、嵐の吹き荒れる中、根子岳を眺めながら露天風呂にゆっくり浸る。台風一過、昼前には熊本市内へ出発した。

 翌日は湧き水で知られる八景水谷の従姉妹の家を訪ね、近くの「水の科学館」で遊ぶ。

 最終日は「くまモンスクウェア」へ。オープン1時間前からいっぱいの人。その半分は香港や台湾、中国からの観光客だ。くまモンは外国でも人気があるんだなあ。最前列で「くまモン」に握手やハグしてもらって孫は大満足だ。

 帰りに子ども服「Koguma」へいく。2年前、博多駅屋上の「つばめの杜ひろば」で、とってもかわいい服を着た双子ちゃんの孫をつれた女性に会った。「かわいいお洋服ですね」と声をかけると、「熊本の下通りで子ども服店をしています」と。数日後、そのお店を訪ねて、お気に入りの服を買い求めた。今年も、おしゃれな服が見つかった。女主人もよく覚えておられて、「1年ぶりに母たちをつれて帰熊しました」とお話しすると、その方の母上が、先頃、94歳で亡くなられたとか。いつも元気で、よく一人で出かけていたのに、急に「今日は食べたくない」と部屋に戻って好きなビールを一口飲んで、そのまま逝かれたという。まあ、なんていい大往生なんだろう。あやかりたいなあ。

 そして1週間が過ぎ、無事、京都へ帰ってきた。熊本も暑いけど、京都はもっと暑い。なんと気温39℃だって。熱中症にならないよう気をつけながら荷ほどきをする。母と叔母も何事もなく無事に戻れてホッとひと安心。

 来年も熊本に行けるかなあ。楽しみにしながら、また1年、何とかみんなで元気に過ごしていこうね。