
ある日、学生時代を過ごした街へ出張でやってきた湯佐薫(寛一郎)は、むかし下宿していたアパート「月光荘」の大家さんだった川島雪子(吉行和子)が孤独死した、という新聞記事を見つける。その足で20年ぶりに月光荘へ向かうことにした薫の胸には、当時のさまざまな思い出がよみがえっていった。
――薫が大学3年のとき、雪子さんの一人息子が亡くなってしまったあとのことだった。薫は雪子さんから、彼女が「サロン」と呼ぶ食事会に誘われるようになる。月光荘には、自分のほかに小野田さん(菜葉菜)という、会社づとめの、暗い印象の女性がおり、サロンでは彼女もたいてい一緒だった。
毎回のサロンでの豪華な食事や、ときおりもらう雪子さんからのお小遣い。彼女や小野田さんからの過剰な好意を、薫もしばらくは「孫ごっこ」と称して、ありがたく受け取っていたのだが――。
・・・・・

自分の欲望やエロスとちゃんと向き合うことは、けっこう難しい。とくに、自分よりも他者の欲求を優先することや、誰かの期待に沿ってふるまうことに慣れてしまっていると、自分で自分を喜ばせることが下手になってしまう。
浜野監督の作る作品は、女たちが誰かにとって便利で都合のいい存在ではなく、一人ひとりが欲望をもち、のびのびと生きていていいなぁと思う。映画では、雪子さんも小野田さんもどこか謎めいた怖い部分や、暗い過去を持っているけれど、それらすべてを含めて人間としてユーモアたっぷりに描かれているのが好ましい。
そんな女性たちの間で翻弄される薫を、寛一郎が抜群の「微妙な表情」で演じていて見ごたえがある。雪子さんの友人で喫茶店主を演じた大方斐紗子の、凛とした演技も大好きだし、本作で友情出演している佐藤浩市(寛一郎は彼の息子。吉行和子は三國連太郎とも共演をしたことがあるので、これで親子三代と共演したことになるのだそうです。すごい!)のすっとぼけた演技も楽しめる。

本作は、木村紅美の小説『雪子さんの足音』(2018,講談社)を原作として描かれた、浜野佐知監督の6作目となる一般映画である。
本作の制作のきっかけは、あるとき吉行和子さんのマネージャーと飲んでいた浜野監督のもとに、吉行さんから「とんでもない“バーサン”が演りたいって伝えてね」というメッセージが届いたこと、なのだそうだ。
「たったそれだけで映画を作ろうとしていいの?」と思わず言ってしまいそうになるほどの、監督と出演者の信頼関係には驚かされてしまう。けれども、互いの仕事への信頼と、作品で描こうとする女の欲望やエロスへの信頼――そういえば「浜野組」が作る映画には、いつも安定した“それら”があって、観終わるとなぜか、生きていることを丸ごと肯定されたような、温かい気持ちになるのだった。「たったそれだけ」の関係を築くのは、ほんとうはものすごく難しいことなのだ。

本作では、さらに不思議な縁が重なったようである。脚本家の山崎邦紀さんが「とんでもない“バーサン”」の映画化へ向けて探し当てた原作『雪子さんの足音』の著者、木村紅美さんは、浜野監督が映画化した尾崎翠(『第七官界彷徨 尾崎翠を探して』)の、積年の大ファンなのだそうだ。尾崎翠といえば、吉行さんの妹で詩人の吉行理恵さんが大好きだったご縁で、浜野監督と吉行和子さんは出会っている。つくづく、幸せな出会いの連鎖で作られた作品だと思う。
日本映画のなかで、高齢期の女性たちのエロスが描かれた作品は、これまでに浜野監督の『百合祭』しか知らない。その次がこの『雪子さんの足音』。まだまだ描き足りない女たちのエロスが向かう先。次は、どんな作品が登場してくるだろうと思うと楽しみだ。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
現在、全国の劇場で順次公開中!12月8日(日)より広島・横川シネマにて、2020年1月24日(金)より、福岡・小倉コロナシネマワールド、石川・金沢コロナシネマワールドで公開決定!
出演:吉行和子、菜葉菜、寛一郎、大方斐紗子、野村万蔵、宝井誠明、佐藤浩市(友情出演)、山崎ハコ、石崎なつみ、村上由規乃、木口健太、結城貴史、贈人、辛島菜摘
監督:浜野佐知
企画:鈴木佐知子
原作:木村紅美「雪子さんの足音」(講談社)
脚本:山崎邦紀
音楽:吉岡しげ美
撮影:小山田勝治
協力:静岡市
女性:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
制作・配給:(株)旦々舎/2019年/日本映画/カラーDCP/112分
Twitter:@footstepofy
Facebook:https://www.facebook.com/footstepofy/

慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
セクシュアリティ
くらし・生活
身体・健康
リプロ・ヘルス
脱原発
女性政策
憲法・平和
高齢社会
子育て・教育
性表現
LGBT
最終講義
博士論文
研究助成・公募
アート情報
女性運動・グループ
フェミニストカウンセリング
弁護士
女性センター
セレクトニュース
マスコミが騒がないニュース
女の本屋
ブックトーク
シネマラウンジ
ミニコミ図書館
エッセイ
WAN基金
お助け情報
WANマーケット
女と政治をつなぐ
Worldwide WAN
わいわいWAN
女性学講座
上野研究室
原発ゼロの道
動画






