次回期日は2019年12月24日午前10時30分から東京地裁610号法廷で弁論が行われます。現在、被告大学からの書面提出をまっているところで、弁護団の共同代表である打越弁護士から、①他の女性差別事案と比較して本件事件をどうみるか、②なぜ弁護団に入ったのか、を書くようにという依頼を受けました。
 私は、女性労働者の昇格や賃金差別事件を長く担当してきました。その経験から、気付いたことを書くことにします。

◆「一粒の麦」から

 2019年の秋、日本ではじめて女性として医師資格を認められた荻野吟子さんの生涯を映画化した「一粒の麦」の上映が各地ではじまっています。
 吟子さんは、女性に医師資格を認めない明治時代に、男装までして男性の医学校に通い、医術開業試験を受けるために衛生局長に面会を申し入れて直談判するなど、十数年の苦闘の末、日本ではじめて女性医師として開業が認められた人です。

 彼女は、「女に学問は要らない」といわれ、もっと勉強したいという気持ちを抑えて結婚するのですが、夫から性病をうつされ、子どもができない嫁は要らないと実家に戻されます。男性医師に診てもらい、恥ずかしさから気を失い、友人から男性医師の受診を拒み自殺した女性もいることを知り、医師になることを決意したのです。
 医師になった後は、身売りされそうな孤児の救済にあたるなど、女性の解放のために医師として力を尽くした生涯でした。 *写真は(株)現代ぷろだくしょん提供。

 この映画制作中に一連の医学部入試差別問題を知った山田火砂子監督は、「明治時代にさかのぼったのかと驚きました。」と感想を述べておられます。
 吟子さんが医師資格を認められたのは、1885年、35歳のときでした。当時は、女性に選挙権もなければ、婚姻の自由も財産権も認められていない時代です。それから1世紀以上も経て、明治時代と異なり、男女平等の原則を定め、教育を受ける権利を保障する憲法をもち、女性差別撤廃条約を批准し、女性差別を禁止する法律の整備も進んでいるこの日本で、東京医科大は、女性であるというだけで、入学試験で差別したのです。差別の手法は、女性合格者数を減らす目的で、「小論文」の獲得点数を一律に減点した上で、男性は加点し、女性は加点しなかった(つまり減点したまま)という、ある意味原始的なものです。女性労働事件では、女性差別であることを立証すること自体、大変な困難を伴いますが、この事件では、女性差別であることは、誰の目からみても明らかです。
 入学試験だけは公正で、男女平等で差別されない、と思って信頼していた受験生や親の気持ちを考えると、なんとも表現しようのない衝撃を受けました。大学入試に関与していた教員や職員は、相当数いたと思われますが、学問の府でこのような差別がまかり通っていたという事実自体が、ジェンダ-平等の考えが大学という教育機関でも浸透していないことを,端的に示しています。

◆女性医師の働き方についての主張は、入試差別を正当化しない
被告大学は、準備書面で「本件得点調整の背景事情」という項目を立て、大学が女性医師の育成に取り組んできた経緯を述べています。さらに「一般的な女性医師の動向について」と題し、女性が医師となってからの就業期間(勤続年数)や週労働時間が男性医師より短いこと、選択する診療科も男女で偏りがあることなどを、縷々述べています。
2018年8月にこの問題が発覚したときから、一部のマスコミでは、女性医師の働き方について言及がなされ、大学側を擁護しかねない議論がされていることに、私は危機感をもっていました。大学が教育機関であることを忘れている。意図的に触れずに、論点をずらしている等々。女性労働差別事件では、女性の賃金や昇格が遅れている理由として使用者側が持ち出してくる抗弁が、勤続年数の短さや、家族的責任のことです。大学が、病院の勤務医として医師を採用すれば、医師は立派な労働者です。法律上、大学(病院)は、労働基準法をはじめ均等法など、労働法関係の法令を守らなければなりません。女性医師の夫は7割が医師という統計もあり、家事や育児の責任が女性医師に集中するような働き方に問題があるのです。このような働き方の改善は、労働法の改正も含めて、労働問題として改善しなければならない重要な課題です。
 他方、大学の入学試験については,教育機関として、憲法に定められた諸規定または少なくもその趣旨を尊重する義務、及び教育基本法や学校教育法等その他の法令に従う義務があります。大学設置基準は、大学に、入学試験を「公正かつ妥当な方法により、適切な体制を整えて行う」義務を定めています。裁判で原告側は、個人が,その性別にかかわりなく、私立大学の入学選抜において同一の試験を受ける権利(=性別を理由として差別されない権利)を保障されていると主張しています。
 たしかに、勤務医は労働者であるのに、患者が医者の過労死を心配するほど過酷な長時間労働の勤務についており、今回の働き方改革関連法の時間外労働の上限規制でも、医師への適用は5年猶予されるなど、改善は進んでいません。
 しかし、だからといって、入試で女性合格者数を減らすために点数調整をすることが正当化されるものでは、ありません。入試における性差別であることをしっかりと指摘して、争点ずらしは、許しません。

◆責任逃れの抗弁は許されない
 大学は、教育の機関であると同時に、研究の機関でもあります。医師の働き方をもっとも知っている現場から、その根本原因(人口に比較して医師数が少ない、医師の偏在等)を究明し、改善策を提言していくことこそ、求められているのではないでしょうか。
 被告大学は、困難をかかえながらも、女性医師の育成に努めてきたのに、「不適切な得点調整が理事長や学長の個人的・恣意的な判断で行われてしまったこと」は、「痛恨の極みである。」と個人の責任であるかのように、主張しています。しかし、このような弁解も責任回避の反論ではないでしょうか。
 被告大学で、試験にかかわる人はたくさんいたのに、なぜ、このような差別的な仕組みに気がつかなかったのか、不思議です。気がついた人はいるはずです。被告大学の義務は、性差別のない「公正な妥当な方法により、適切な体制を整えて行う」入試の実行です。それができずに、受験生の人権を侵害したことにこそ、痛みを感じてもらいたいものです。

◆なぜ、弁護団に入ったのか
 紙数が尽きたので簡単に。私自身が差別を受けた経験があるからです。経緯は割愛しますが、司法修習生時代に、公式の見学旅行中に教官(裁判官)から、「勉強好きな女性は、議論好きで理屈を言うので、嫌いだ」とストレ-トに言われ、反論ができませんでした。なぜ、あのとき、それは憲法違反の性差別発言ですといえなかったのか――悔しい思いを引き摺ることになりました。支えになったのは、修習生仲間や法曹からの応援であり、そしておかしいという市民からの厳しい批判でした。以来、女性が自分らしく生きることを応援して「恩返し」をしたいという思いを持ち、今回も弁護団に参加した次第です。
嬉しいニュ-スも入ってきています。性差別のない社会をめざす「女子高生サミットin KUMAMOTO」が開催されたことです。報道によると、医学部をめざして頑張っている友人たちを間近で見てきた5校の高校生が、入試での女性差別に憤り、声をあげようと集まったということです。保護者に調査を行って母親の働き方を分析して問題点を指摘し、改善策を提言するなど、実に頼もしい。このサミット宣言を紹介します。
  「社会の不合理に対して、仲間と手を取りあい、考え、行動できる人をめざします。」

<その他の大学では>
順天堂大学事件――2019年11月25日に裁判があり、被告大学側から準備書面(1)が提出されました。この書面で被告大学は、男女で異なる合格判定基準、補欠合格判定基準点が定められていたこと自体は、認めましたが、それが不法行為にあたることは争っています。つまり、性差のない合格判定基準の点数に達していなかった原告については、不合格は点数が低いためであり性差によるものではない、よって大学には違法行為もなければ、債務不履行もない、という主張です。
性差のない基準によれば1次試験は合格になっていた原告については、改めて主張する予定としています。
次回の裁判は、2020年1月16日10時30分からです。次回は、被告の主張を受けて、原告が反論していくことになります。

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