『韓国が嫌いで』ーーこの刺激的なタイトルの小説を日本に紹介するため奔走された翻訳家の吉良佳奈江さんから、本書の「読みどころ」を紹介いただきました。
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「フェミニズム・リブート」とも呼ばれる、韓国におけるフェミニズムの高まりと広がりには、フェミニズムへの男性による理解と参加がある。『韓国が嫌いで』で日本デビューとなったチャン・ガンミョンは1975年、ソウル生まれの男性だ。
『韓国が嫌いで』というタイトルは、韓国の書店に並んでいても十分に挑発的だ。韓国社会を痛烈に批判しているのだが、男も女も生きづらく、そして女性のほうがもっと生きづらいという状況から女性主人公を脱出させることで、痛快なフェミニズム小説として完成している。
私は今の日本でフェミニズムを論じるとき、男性には顔がないと思う。女性たちがツイッターを通じて抑圧された経験を共有し、社会の違和感に対して声を上げ始めるとモノ申す女たちを「ツイフェミ」という雑な言葉でくくる人たちが現れた。「ツイフェミ」を攻撃し、嘲笑する彼らには顔がないし、彼らにはフェミニスト一人ひとりの顔は見えていないだろう。生身のフェミニストを見たことがないかもしれない。
今回、翻訳にあたって作者の顔を全面的に公開したいという申し入れに、チャン・ガンミョンはメッセージを送ってくれた。http://korocolor.com/news/202001-post-452.html
著者は3月に来日し、3月20日には東京、21日大阪、22日福岡でトークイベントが予定されている。こちらにもぜひ足を運んでほしい。
「韓国の様々なフェミニズムのスペクトラムの中で、この小説なんかフェミニズムじゃないと批判する人も、もちろんいます。でも、僕はフェミニズム小説だと言ってもらえるのは光栄です」——ソウルで会ったチャン・ガンミョンは私の問いにこう答えた。
それもそうだ。私たちは、みなそれぞれ自分なりのフェミニズムの定義を持っている。私の考えるフェミニズムは次のふたつ。女も人間ですよ、男と同じです、わかってます?というお知らせと、女性が「女はこうでなくてはいけない」という呪いを解くこと(後者にはおそらく、男性が縛られている男はこうでなくちゃという呪いを解くこともあるだろうが、それは男性にまかせるとして)。
2015年に発売されたこの作品は挑発的なタイトルも話題で、韓国ではベストセラーになり長く書店に並んだ。私が購入したのは2018年で、すでに25刷だった。読んで大変共感し、日本で出版したいと思ったのだが、当時、私のモヤモヤはまだ言語化されていなかった。今、こうして言葉に出してみると、『韓国が嫌いで』は私の考えるフェミニズムの、ど真ん中に来る小説だったわけだ。作家になると決意して11年務めた新聞社をやめた著者は、一時期は小説を書きながら二人暮らしの家事を引き受けていたという。作家自らが、男らしさの呪いを解いていたわけだ。
著者はテレビのインタビューで「あなたも韓国が嫌いですか」と問われ、自分は韓国が嫌いだと言ってはいけない既得権側の人間だと答えている。作品発表時に四十歳だった彼は、社会が〈ヘル朝鮮〉になっていく過程で、自分たちが何をしていたのか、〈ヘル朝鮮〉にしてしまった責任を認めるのが礼儀だとも言う。おそらく、男女格差、女性蔑視についても同じ感覚があるのだろう。自分が恵まれているとして、それが誰かを踏みつけて得られた恩恵だとしたら居心地が悪いのが普通の感覚ではないだろうか? 下駄をはかせてもらって医者にしてもらった男性、家事と子育てで忙しい妻を見ながらソファでテレビを見ている夫たちは、胸に手を当てて考えてみてほしい。自分が稼いでいるからという男性には、妻が働くチャンスを奪っていないか考えてほしい。
この作品を読むにあたって、日本でも話題になった『82年生まれ、キム・ジヨン』と読み比べてみると作家の戦略がよくわかる。キム・ジヨンの結婚相手は大学の先輩で、もとより夫婦が完全に対等な関係になるのはむずかしい。これはキム・ジヨン氏が韓国の平均像を反映しているためで、実際に日本と同じく韓国でも夫が年上であることが一般的だ。『韓国が嫌いで』ではケナと恋人のジミョンは大学で出会った同級生カップルだ。対等な地点からスタートしているからこそ、「なあ、僕のこと好きなんだろ?僕を愛してるならどこにも行かないで、僕のそばに、韓国にいるのはだめか? オーストラリアに行くのがそんなに大事なのか?」/ 「あなただって私のこと好きなんでしょ。私を愛してくれるなら私についてオーストラリアに来るのはだめなの? 記者になるのがそんなに大事なの?」(46ページ)と、ミラーリングのお手本のような見事な切り返しができる。ケナは恋人に敬語を使わず(もちろん両親や上司には敬語で話している)、口が悪く辛辣で、読者の私たちにもフランクに話しかけてくる。このフラットな話し方に、人の上下を決めようとしない彼女の姿勢がよく出ているので、訳者として最大限活かしたつもりだ。
もう一つ韓国でも日本でも大きな反響と反発を招いた『82年生まれ、キム・ジヨン』と違う点は、『韓国が嫌いで』がネット上の書評やリビューでほとんど攻撃されていないことだ。実際にキム・ジヨンへの反発には、読んでもいないのに悪く言いたいだけの男性が書いた悪評が多く含まれていた。私に「その本は鵜呑みにしないほうがいいといわれています」とわざわざメッセージをくれた友人の韓国男性も読んでいなかった。読まなくても批判しやすい小説ではあった。しかし、もう一つ考えたことがある。今の日本で、韓国文学を発信している私が『日本が嫌いで』という作品を発表することができるだろうか?どんなコメントが飛んでくるか、想像に難くない。
チャン・ガンミョンが『韓国が嫌いで』という刺激的なタイトルの、社会に対して批判的な本を出版してそれに対して大きな反発がないというのは、あくまでも彼が韓国に暮らす韓国人で、男性だからではないかとも思う。ある意味これは、マジョリティーによる創作だ。「僕たちは、女性からこのくらい言われてもしょうがないよね」という覚悟であり、それゆえファンタジーなのだ。実際に国が嫌いだからと言って、移住してしまうのは極端な話だ。実際に2017-2018の年には2000人以上がオーストラリアの市民権を得ているが、それを選択できる人は実はすでに相当恵まれている。それでも、女性が自分の決断で人生を切り開いていく物語は私たちに勇気をくれる。タイトルのインパクトとは違って、読後感は実にさわやかなので、ぜひ読んでほしい。
(吉良佳奈江)
2020.02.11 Tue
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