兵庫県宍粟市(しそうし)で家族で農業をする藤木農園・藤木悦子さん。5haでトマト、メロン、トウモロコシ、米などを作り、農産物直売所、スーパーのインショップでの直販で販売。学校給食に美味しい地元の食材を使う取り組みも行っている。
悦子さんは農業女性の集いにも積極的に参加し、家族経営が多い農家のなかで女性も男性も対等で共に経営を担って長く続けられる、生きがいのある仕事にしようと働きかけている。それぞれの女性がお互いのノウハウを提供し連携して、楽しく満足度の高い仕事を形にしていくのが願いだ。

◆悦子さんは北海道の出身。農業専門学校で知り合ったご主人と結婚して兵庫県に移住
悦子さんは1973年(昭和48年)3月、北海道雨竜郡北竜町(うりゅうぐん・ほくりゅうちょう)に生まれた。二人姉妹の長女。20分ほど走ると三國清三シェフの出身地・増毛(ましけ)がある。
実家は酪農家で祖父の代から60年以上酪農と稲作をしていた。ホルスタインを100頭ほど飼い、牧草地もいれると50ha。酪農を継ぐために札幌にある北海道農業専門学校(2年制)に入った。
最初は婿養子をもらう予定だった。学校の先生で兵庫県出身の藤木茂さんと出会い結婚。茂さんの実家の農業を継ぐこととなった。次女は結婚しほかの町へ。実家の酪農は悦子さんの代でたたむこととなった。
「彼は野菜の先生で野菜がなんでも作れた。5歳違い。彼は農業を学ぶために専門学校に入り、卒業して、そのまま学校に残って先生になった。学校では酪農、畜産、蔬菜、花卉、花木、果樹、農業機械など農業全般を教えていました。結婚は22歳のとき。結婚を決めた理由があって、彼は野菜をなんでも作れる、農業で食べていける、それでついていこうと思った。彼は兵庫県の実家に帰ると言っていた。我が家は嫁にやるにしても支度金がない。それで家ではお金になる小豆を作ったりして。彼も手伝いにきてくれていました」
酪農家の現状は、1998年3万7,400戸あったのが2018年には1万5,700戸に。実に20年間で2万1,700戸もが廃業していった。北海道では1998年1万600戸、2018年には6,140戸と、20年で4,460戸も廃業している。飼育頭数は、北海道は平均77.7頭、全国は43.4頭。(平成30年中央酪農会議「酪農全国基礎調査」)
悦子さんの家は設備投資もあって借金も大きかったと言う。利益を上げるには規模の拡大が必要だった。すると資金投資も膨らむ。続けるか廃業するかの岐路にあった。悦子さんにとっては「酪農は嫌いじゃないけど続けるにはしんどい」。結局、酪農は継がずに夫の兵庫県の実家の農業を継ぐことになった。、長女が6か月のときだった。

「結婚して親も諦めたというか、父は、どう思っていたか知らないけど、母も米や野菜を作っている農家から酪農家の嫁にきた人なので、お嫁に行っても農業をするという選択肢を選んでくれたのは、親としては嬉しいと思うと言ってくれました」
夫の茂さんの実家は兵庫県宍粟市(しそうし)。市の名前の由来は「獣も穀物も採れる豊な土地」から来ているという。藤木家の農家は中山間地にある。家族構成は、現在、茂さんの両親と子供たち3人。長女が23歳、長男が21歳、次女が19歳。
長女は医療事務の仕事をしたあと藤木農園に入り家族農業に加わった。次女は高校卒業後、両親の出身校、北海道農業専門学校に入った。長男は専門学校のタキイ園芸学校を出て 茨城県稲敷郡河内町の茨城研究農場に行っている。

「平成9年に夫と戻り就農しました。夫の実家には、当時は、大きいおばあちゃん、父母がいて、私たちがいて、主人の妹がいました。その頃は、キュウリとトマト、それに春先の家庭菜園用の野菜苗をポットで作ってました。私たちはメロンを作りたかったので、田んぼだったところにハウスを建てました。今は、田畑は5ヘクタール。米、ハウスでトマト、メロン。路地で野菜、トウモロコシ、玉ねぎ、大根、白菜、キャベツなどを栽培しています。売り上げは年間で2000万円ちょっと。実際はもっとあるかも(笑)。作物を作るほうは夫とパート4人。ほかの農家の米づくりの作業受託もしている。田植えの時期と重なるので、メロンの収穫は私がパートさんと、田植えは主人がパートさんとしています。メロンは北海道にいる間に夕張メロンと同じ系統のサッポロキングを夫と勉強してきて、それを地元で売ろうと考えました。」
◆栽培をした作物は直接販売をしている。米も農協出荷から直販もするように
「日中集荷して、インショップは「ヤマダストアー」の4店舗に出荷しています。夜に集荷場に配達をします。忙しいときは物流の便に載せてもらいます。直売所へは夫婦で朝もっていきます。JA兵庫西運営の農産物直売所旬彩蔵(しゅんさいぐら)。
ハウスはトマトとメロンを栽培するために4棟を建てました。販売先をどうするかと言っていた時に、たまたまヤマダストアーのバイヤーに声をかけてもらったので助かりました。」
米は農協出荷だけだったが、これもスーパーから話があり直取引もするようになった。全部を農協に出荷すると経営が厳しいからだ。農協の値付け価格は1俵(60㎏)で12000円弱。ちなみに1反(300坪=10a)で農家の全国平均収量は519kg。つまり8.65俵。仮に9俵として農家の1反の年間売り上げは10万8000円(平成31年農林水産省統計)。ちなみに、農家の耕地面積の全国平均は2.99ha。約3ha(9000坪=300a)とし全部米を作ったとして年商は324万円。人件費や肥料代、機械代などを引くと赤字ということとなる。兵庫県の反収は全国平均の94%(489kg)なので、兵庫県ではもっと赤字が拡大する可能性がある。

◆30代までは、仲間もなく、つまずき、悩みの多い時期だった
藤木農園のように直接、業者と取引をする、直売所に自分たちで価格を決めて出荷をするという形は多くなっている。現在は順調な農業経営をしている悦子さんだが、結婚してきたばかりの頃は、知り合いも相談相手もなく、30代までは悩みも多かったという。
「ここの地域は基本的に兼業農家ばかりで専業農家がなかった。初めて来た時にいちばん驚いたのが、ハウスに行って作業をしていたら、義母が近所のおばさんから『あんたんとこの嫁さん歩いてどこかに行ったけど、なにしにいったん』と聞かれたんです。つまり周りは兼業農家だから、お嫁さんは車に乗って勤め先に仕事に出る。それが普通。それなのに私は『朝から、ふらふら外に出てる。北海道に帰るんじゃないの』と噂までされた。(笑)」
夫婦で一緒に畑仕事をしているのがわかると、今度は、周辺の農家の親たちから羨ましいと言われ、それが、逆に、周りの農家の嫁さんたちからは『よけいなことして』と、目の上のたん瘤のように思われたこともあったと言う。
「こっちにきて仲間の農家がいない。しばらく落ち込みました。ちょうど子供を産んで小さい時。仕事をみんなが忙しくしているのを肌で感じながら、家のなかで子守りをしているというのは世界にとり残された感じで、なんか置いて行かれているように思えた。いらいらしながら子育てしていて、ずっと楽しくなかった時期が30歳前くらいまであった」
◆孤立感にさいなまされていた悦子さんを救ったのは農家の女性たちだった
悩みの相談相手になってくれたのは兵庫県宝塚市(有)中西ハウスセンターの中西恵子さん。
トマト、イチゴ、キュウリなどを栽培。鮮度の高い野菜を直接スーパーに出荷し、新しい高付加価値の農業経営を作りだしたところとして知られる。
この中西さんのところに、夫の茂さんがトマト栽培と管理の仕方を習いにいったことがきっかけだった。中西恵子さんから「今度は、奥さんを連れてきなさい」と言われ、悦子さんも訪ねることに。中西さんとの出会いが悦子さんの人生を大きく変えた。
「なにを話したのか、もう覚えてないけど、会って『どうした』と言われて、いままで、もやもやしたものを全部聞いてもらって、で、『よしわかった。私が、連れ出してあげるわ』と。なにかと思ったら家の光協会(JAの出版・文化事業部門)
の関西の親睦会に行こうと。神戸の道の駅フルーツフラワーパークに近畿の農業のお母さんたちが集まる催しだった。」


「女性ばかり。有名な人、そうでない人もたくさん。みんなが集まって、こうやって野菜や果物を売って経営しているとか、農業って楽しいよねという話しをして、年齢も関係ない。50代も60代もいれば、もっと若い私たちの年齢の人も、自分のもっている知識、面白い情報があると、みんなお互いに出すし、みんな苦労した話もきかせてくれる。
前向き。農業の仕方もみんな違ったので面白いと思った。違っていていい。出ていかなかったから知らなかっただけで、出ていけば立派に楽しんで農業をしている人がこんなにもいるとわかって目からウロコ。私もこうなろうと。いくつになっても農業は楽しいといって仕事がしたい。そう思えるいちばんのきっかけでした」
新しい出会いから悦子さんは前向きなった。農業だけでなくPTA活動の会議に出席したり、女性農業士にも認定され積極的に集いにも出て多くの人と出会い話を聴き吸収することになる。悦子さんは、かつては自分のことだけを考えていたのが、農業経営にどう女性として参画するかという視点を意識するようになったという。大きなきっかけは国が進めている農業女子プロジェクトへの参加だった。また悦子さんたちは、兵庫で女性農業家のグループ「ひょうごアグリプリンセスの会」を立ち上げた。(次回に続く)

◆藤木農園
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