
「グラフィックノベル」という表現方法をご存じでしょうか?
海外のグラフィックノベルを数多く日本へ紹介されている翻訳家の原正人さんは、「(グラフィックノベルは)2000年代以降、北米やフランス語圏を中心に世界のさまざまな国で多く出版されている。基本的にはマンガと同義だが、しばしば社会問題を扱い、個人の体験を社会に還元する伝記や自伝の形式を取る」と説明しています。
この定義にしたがうなら、キム・ジェンドリ・グムスクの『草 日本軍「慰安婦」のリビング・ヒストリー』(都築寿美枝・李昤京訳、ころから、2020年)は、まさにグラフィックノベルの世界的潮流のど真ん中にあると言えます。
原さんは、21世紀のグラフィックノベルの特色として「ジャッキー・フレミング『問題だらけの女性たち』(松田青子、河出書房新社、2018年)のようにフェミニズム的な視点を持った作品も増えてきている」とも指摘。この観点からも、韓国生まれの女性マンガ家であるキム・ジェンドリ・グムスクさんが、植民地下の朝鮮半島に生まれたがため、ただ「学校に行きたい」との一心につけ込まれる形で日本軍「慰安婦」とされた李玉善(イ・オクソン)さんの半生を480ページにおよぶ「伝記」として描いたのは世界的な必然と言えるのかもしれません。
本書は、原さんが言うところの「個人の体験を社会に還元する」ことを目的しているわけではないかもしれませんが、結果として、植民地支配を不当だと認識するようになった現代社会へ、個人=李玉善の体験が還元されているのは明らかです。
本書では、弱き者がより弱きを利用する社会、無学からくる不幸の連鎖、戦争の勝ち負けに関係なくいつまでも残る心身の傷…これら植民地下で起こるさまざまなエピソードが展開されます。
そして、もう一つ。これは、作者の「自伝」でもあるということ。
日本軍「慰安婦」被害者の「伝記」であるのみならず、慰安所での凄惨な生活におののき、現代になってすら被害者をさらに貶めようとする政治家に憤る作者は、自身を描き、あたかも「自伝」のような作品にもなっているのです。『草』の読者は、李玉善さんの「伝記」だけでなく、作者の「自伝」をも追体験する感覚を得るでしょう。
たとえば、李玉善さんが戦後50年をへて帰国したにも関わらず「母さんのお腹から出て来て今まで良かったことは一度もない」と語るシーン(P436)。辛い人生を語る李玉善さんの表情が徐々にぼやけ、作者は一瞬、老婆に自身の姿を重ねる。しかし、その痛みを受け取ってなお、たいして気の利いたことも言えない自分を淡々と描いていきます。
ここには、語る辛さだけでなく、聞く者の、あるいは聞いてしまった者の葛藤がオーバーラップするようにわたしは受け止めました。が、セリフのないいくつかのコマをどう読むかは読者にゆだねられていると言って過言ではありません。
わたしがパブリッシャーを務めるころからでは、これまでにも『沸点』(チェ・ギュソク作、加藤直樹訳、2016年)というグラフィックノベルを翻訳刊行しています。
かつて「韓国には日本のマンガに伍する作品はない」と断定されてきましたが、それは「日本マンガの亜流としては」との前提付き。凌駕するではなく、あくまで「伍する作品」を探していたのでは見つかるはずもないのです。
なにかの亜流や○○風ではなく、ただキム・ジェンドリ・グムスクの作品『草』として鑑賞したなら、また違った見え方があるはずです。
そのタイトルとおり、したたかに描かれる草木の迫力とともに、李玉善さんとキム・ジェンドリ・グムスクさんという「ふたりのグラフィックノベル」をぜひ堪能してみてください。
日本軍「慰安婦」被害者・李玉善さんの半生をテーマにしたマンガ『草』の読者に朗報です。2020年2月に作者のキム・ジェンドリ・グムスクさんが来日されます。
下記日程で「出会う会」が開催されますので、どうぞお越しください。
□東京 2020年2月21日(金) 14:00〜16:30
早稲田奉仕園・AVACOチャペル(東京都新宿区西早稲田2-3-18 AVACOビル2階)
□大阪 2020年2月22日(土) 14:00〜16:30
つるはし交流ひろば「ぱだん」(大阪市生野区鶴橋2-15-28)
□広島 2020年2月23日(日) 14:00〜16:30
広島市男女共同参画推進センター(ゆいぽーと)音楽練習室(広島市中区大手町5-6-9)
□福山 2020年2月24日(月・休) 14:00〜16:30
福山市市民参画センター5階(福山市本町1-35)
※いずれも資料代 500円(税込)
※いずれも予約不要。開場はいずれも開始30分前です
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