「性の接待」――戦後75年を経た今、私たちはようやく、このあまりにも凄惨な史実を知ることになりました。加害/被害、敵/味方に留まらず、その心の奥底に閉ざされた「内なる加害」への声を感受できる時代・社会になりつつある、ということなのかもしれません。
2017年放送のNHK ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」は、日本の社会に大きな衝撃を与えました。が、それはまた、次世代の人々の新たな一歩への決意にもつながったのだと思います。
本書は、放送後2018年に、碑文のなかった「乙女の碑」に碑文を付設するまでの追加取材を加え、岐阜・黒川の人々の、満州引き揚げと戦後の苦難・苦悩の史実を受けとめようとする地域の群像を描き出しています。
その人々のなかに溶け込んでいった若い映像ディレクター・川恵実さんの、相手を尊重しつつたじろがない感性、ふんわりと相手の気持ちのなかに入っていく人柄は、「聞く」という素質に富んでいると思います。
その「人」の魅力と、温かいけれど探求するまなざしが、女性たちが禁を犯しリュックの底に満州から隠し持ち帰った写真や、人知れず綴った詩や短歌、男性たちが誰に見せるともなく、でも記さずにはおれなかった手記を、川さんの前にひらいてくれたのだと思います。
本書は、戦争と戦後を生き抜いてきたことを伝える祖父母世代の言葉を次世代につなぐコラボレーションの書でもあると思います。
また、語る・伝えるということが、深いコミュニケーションとコミュニティとによって支えられる――そこに、ほのかではあっても、希望と人々の笑顔を見ることができることにも気づかされます。
本書刊行後に、当事者のご家族の方が「親戚中に配りたい。我が家の家宝や」とおっしゃったと聞きました。ほんとうによかった!
本書巻末の、ご家族の笑顔いっぱいのカラー写真のページをごらんください。いくつもの家族の生きてきた証し、生き抜いたしあわせがあふれています。
ありがとう!――心からそう言いたくなる、本書のエピローグです。
【参考】
■満蒙開拓政策と黒川開拓団
第2次世界大戦前、日本政府は、世界恐慌後の不況下、特に地方農村部の困窮層を農業移民として満州国に送り出した。この満蒙開拓は、他方で、満州国の国防上でも重要な政策となり、約27万人が渡ったといわれる。
岐阜県加茂郡黒川村(現・白川町黒川)を中心とした黒川開拓団は、約650人が吉林省陶頼昭に入植。
■「性の接待」について
敗戦後、現地の人々による襲撃や食料不足の中、黒川開拓団は、生き延びるために、侵攻してきたソ連軍将兵に開拓団の護衛と食料調達を依頼。その見返りとして、開拓団の未婚女性15人が「性の接待」をするという約束がなされた。近隣の開拓団の集団自決が相次ぐ中、「接待」により、およそ450人が帰国を果たす。
さまざまな証言から、「接待」は終戦直後の9月頃から11月頃まで、またはそれ以上、ソ連軍が去るまで続けられたともいわれている。
「接待」は、戦後長く、語ってはいけないこととされ、その事実は開拓団員たちが亡くなってしまうと同時に、誰も記憶する人がいなくなろうとしていた。
しかし、2013年、「接待」に行った女性が公の場でその事実を告白。その後、「接待」をめぐってさまざまな証言が明かされることとなった。
本書は、「接待」に行った女性たちと、それにより生き延びた村の人たちの「告白」の記録である。
【目次】
プロローグ 佐藤ハルエさんとの出会い
Ⅰ部 告白
1 ある開拓団員の告白
2 黒川村を訪ねて
3 なぜ、それが始まったのか
4 満州からの帰国
満州をめぐる戦前の国際情勢 夫馬直実
Ⅱ部 それぞれの戦後
5 家族――つながっていく命
6 語れなかった人々
7 父の姿
Ⅲ部 歴史を遺す
8 残ったもの、遺すもの
9 生きてきた、ということ
10 動き始めた2世たち
11 父母が暮らした場所を訪ねて
12 乙女の碑に碑文を
この史実を語り継ぐために 寺沢秀文
エピローグ 心に刻む言葉
◆データ
書名 :告白――岐阜・黒川 満蒙開拓団73年の記録
著者名:川 恵実・NHK ETV特集取材班
写真 :田中佳奈
カバー・本文デザイン:コダシマアコ
四六判 並製 324ぺージ 巻末カラーページ有り
出版社:かもがわ出版
刊行日:2020/03/27
定価 :2750円(税込)