新型コロナウィルスの感染拡大にともなって、政府が決めた全国民に一律に10万円を給付する方針に関わって、「世帯主」が話題になっている。この給付金の支給方法として、家族など同じ世帯にある人に関しては、世帯主が一括申請し、世帯主名義の銀行口座に給付金が振り込まれる形になるというのである。この方針が発表されてから、これでは給付金を受け取れない人が出てくるという懸念が相次いでいる。同じ世帯として暮らしていても、そのなかでお金がうまくまわっているとは限らないため、給付金を受け取れるかどうかが世帯主の意向に左右されてしまうからである。私は「女性の貧困」について研究するなかで、社会保障給付や貧困を論じるときの基礎にある「世帯」という単位に、大きな問題があると考えてきた 。その立場から、今回の給付金の支給方法には問題があると思っている。
たとえばDVから逃げていて、住民票のうえでは元夫と同居しているが、実際には別居していて生計も完全に別というケース。DV被害者については、給付金の支給対象となるように方法を検討するという見解を、総務省は示している。しかしこれまでもDV被害者としての対応を求めるとき、「保護命令が出されている」、「DV支援機関への相談証明がある」など、自治体や窓口担当者によってDV被害者として認定するラインが異なり、一律の対応がなされないことは続いてきた。
またDV被害者として公的機関に相談したことがなかったとしても、離婚を前提に別居している最中の人、さらには夫と同居していても、夫婦の間でお金の配分がうまくなされていないケースは、相当数あると考えられる 。私がかつて話を聞いた女性たちのなかには、すべての収入は夫が管理し、毎月最低限の食費や光熱費が渡されるだけだったため、自分に必要なものは独身時代の貯金を取り崩して買っていて、夫にいくら収入や貯金があるのか知らなかったという人や、自分が稼いだお金もすべて夫がギャンブルでつくる借金の返済にあてられ、世帯年収は低くないのに食べるのもままならなかったという人がいた。このような人たちに、今回の給付金が届くとは思えない。
イギリスではかつて、世帯のなかの誰の口座に給付をするのかが議論になったことがある。1970年代に、夫の収入を増加させる形の配偶者控除が廃止され、それにかわって児童手当が母親の口座に給付されるようになったのである。この制度変更による効果を検証した研究 (Lundberg & Pollack 1997)では、世帯収入としては変化がなくても、給付の名目と給付口座が変わることで、子どもと母親への個人支出が増大することが検証された。つまり、世帯に入るお金は一定だったとしても、世帯の誰の口座に給付がなされるかによって、実際にその給付金が誰にどのように使われるのかが異なってくるというのである。
10万円の給付金を受けるには、給付の対象を把握する4月27日までに世帯分離をすればよいという意見もある。世帯分離自体は、同居していてもすることができ、世帯分離をすれば、世帯主として給付申請をすることができるようになる。しかし収入によっては、健康保険や年金などの社会保険料を自分で払わなければならなくなったり、扶養家族が減少して税負担が増える可能性がある。また自治体によって世帯分離がなかなかできなかったり、夫の協力がなければ必要な手続き書類を手に入れられなかったり、夫に世帯分離をしたことが知られてしまったりする場合もある。そもそも、このような手続きを、多くはより困難な状況にある人の方がしなければならないということからして、おかしなことである。
女性が自分の権利として得られる収入を増やすことが、女性の貧困問題の解決にはもっとも重要なことである。そのためには、今回の10万円給付についても、世帯主の口座に一括ではなく、女性自身の口座に振り込まれるような個人での申請と給付が求められる。選挙通知書は個人に届くのだから、18歳以上は個人申請や個人申請/給付を選択するようにできないだろうか。もちろんそのようにしても、本人名義の口座のお金を本人が使えるとは限らないのだが、それでもより多くの、より困難な状況にある女性が、給付金にアクセスできるようになるのは確かだろう。
もともと困窮した状態にある人たちは、この新型コロナウィルスの影響で、より困難な状況に陥っている可能性が高い。このような人たちも見過ごされることがないいような給付方法が検討されることを望む。
(註)
この問題を扱った最近の論考として、丸山里美「ジェンダーから見た貧困測定」『思想』2020年4月号, 29-46(岩波書店)がある。
結婚経験者にDVを受けた経験があるかをたずねた調査(内閣府男女共同参画局 2017)では、「身体的暴行」「心理的攻撃」「経済的圧迫」「性的強要」の4つの形の暴力のうち、生活費を渡さない、貯金を勝手に使われる、外で働くことを妨害されるなどの「経済的圧迫」を経験したことがある人は、6.8%にのぼっている。
Lundberg, S., Pollak, R. and Wales, T., 1997, “Do Husbands and Wives Pool their Resources? Evidence from the United Kingdom Child Benefit”, The Journal of Human Resources, 32(3): 463-480.