
書 名 「自分時間」を生きる―在日の女と家族と仕事
著 者 朴 和美
出版社 三一書房
発行日 2020年4月22日
定 価 2530円(税込)
著者のぱく・ふぁみさんから、「誰がどう批評してくれてもかまわない年齢になったから(?)これまで書き綴ったエッセイや小論をまとめて出版することにした。私と同じ在日コリアン女性にぜひ読んでほしい」という趣旨の連絡があった。その本にも登場する在日コリアン女性のグループ「ちゃめ(姉妹)」(現在は解散)の関西在住のメンバーに本を届けるため東京から大阪に出向くという話であった。残念ながらCOVID‐19によって2020年春の再会は実現できなかったが、300ページを超える本が送られてきた。
この本の全体像をまとめて紹介することはできそうにないことを痛感。まずは目次を紹介する。
序章 「小さな物語」を紡ぐ
第1章 在日朝鮮人女一人会
怒ってくれてありがとう―「あたりまえ」を問い直す
女と家族と仕事
出産と参政権
第2章 在日の母語と母国語
「国家語」の呪縛を越えてー舌のもつれを解く
第3章 旅のつれづれに
アラート・ベイの旅―カナダ先住民族女性と在日女性
韓国済州島を訪ねて
第4章 映画を巡る旅
「その後」のその後―クルド人の女性たち
物語る私たちーStories We Tell
終章 「自分時間」を生きる
コラム 在日の女たち
●マジョリティが聞くべき話
WANの伊田久美子さんに声をかけていただき、この本の書評を誰か(筆力のある人!)に書いてもらおうとした。ところが、ふぁみさんに在日女性が描くべきと背中を押されて、文才の無い私が書くことになった。確かにこの本を紹介したかったわたしがいる。なぜ紹介したかったのか、その理由を伝えることはできるのでは。うーん、しかしすっとスマートな言葉が出てこない。心の中にある強い感情を整理して言葉にするには、トレーニングと覚悟が必要なのだと思う。とりあえず「在日コリアンであること、そして女性であるわたしたちの存在、経験を無視しないでほしいという気持ち」だとは言える。とはいえ、「こんなこと言ってもいいんだ(言いたい)」と私が思えるようになったのはこの20年、40歳を超えてからである。自分たちが聞くべき話なのだと言うマジョリティの存在が見えたからである。ふぁみさんはそんな私よりずっと前から、そのことにこだわって学び続け、言葉にして発信してきたのだ。まずは、本を読みながらじわっと感じたことを書き留める。
●こんなに違うのに、こんなに共感
わたしとふぁみさんは歳も違えば(ふぁみさんが8歳お姉さん)、暮らした場所も違う(関西VS関東?)。「民族」との出会い方も違う(韓国系の民族学校の高校を卒業。日本の学校で日本人のふりをして生活してきたわたしの想像外)。英語で生活の糧を得るための戦略を考え、まずは高卒後に住み込みのナニーに応募!行動力が違うし、私の知らない世界を渡ってきた人だ。それなのに家族をめぐる葛藤や日本人とのすれ違いを感じたやりとりは、「あるある」と重なる経験が満載である。
ふぁみさんは、自身の経験に引き寄せて、在日コリアン社会をジェンダーの視点でシャープに分析し、歯に衣を着せず問題提起をしてきた。そして働きながら市民活動にも関わってきた。学歴をとっても34歳で米国の大学に留学し、40代半ばになって日本にある米国の大学院で学ぶ。市販の履歴書なら用紙が何枚も必要になるだろう。
そうして日本社会―在日コリアンだけの空間を越えて、より広い世界にウィングを広げる。カナダの先住民族訪ね、長老女性との出会いを熱く語り、マイノリティ女性への暴力の構造を説明する。クルド人家族のドキュメンタリーを通して日本にいる私たち(日本人も含めて)の立ち位置を確認し、そして、カナダの女性監督サラ・ポーリーの「物語を語るわたしたち」制作をめぐる家族の物語の深層を教えてくれる。なかなか読み進めない箇所もあった。そのことを伝えると、曰く「それは、肩ひじ張って、上から目線で書いた生硬なエッセイもあるから。でも、あえて当時のまま出すことにした」。これまで決して「学び」を手放さなかったと書いているくだりでは、「学び」とは既存の知識を注入するだけではなく、知の体系そのものを一旦は疑問視することだったと述べられている。なるほど、マイノリティ女性がマイノリティ女性として立ちあがるためには、いわゆる常識、正しいとされて身体に取り込まれた知識を一旦は捨て去り、ジェンダー平等とマイノリティの視点からの、「まなびほぐし(unlearning)」をする作業が必要であると思う。ふぁみさんのまなびほぐしの深さに、「いいね」を押したい。
●ふぁみさんとの出会いと「アプロ女性ネット」
私がふぁみさんを知ったのは、20年以上前に大阪で開催されたちゃめ主催のエンパワメントをキーワードにしたワークショップを通じてである。これを仕掛けたのはふぁみさんで、友人でカナダ人のカウンセラーであるリンダ・ジンガロさんがファシリテーター役であった。在日コリアン女性を自認する参加者たちとリンダさんとの信頼の中で進められたワークショップは、離婚後二人の息子を育てるシングルマザーとなり、職場でもトラブルを抱え、人生曲線の底を低迷していた私にとって、「エンパワメント」とは何かを実感でき、充分に参加費のモトが取れたすばらしいひと時であった。
私は数年前より、「アプロ・未来を創造する在日コリアン女性ネットワーク」というグループに参加している。在日コリアンで女性あると自認する人たちのささやかな当事者の集まりである。在日コリアン女性の実態調査などを進め、国連の人権システムを活用して―と言うと話が大きいが、さまざまな女性運動の先輩の蓄積とサポートを得ながら―日本政府や日本社会に声を上げる活動を部落女性、障害女性、アイヌ女性など他のマイノリティ女性のグループと連携しながらやっている。
実は、ふぁみさんが指摘している「思い込みと思い入れの強さのため、在日女性同士が出会っても信頼関係ができないまま、関係が壊れてしまうことも多い」という話には大きくうなずいてしまう。「ちゃめ」はわたしにとって通過点となり、その前後でも在日コリアンの人権の運動の中で、マイノリティ当事者同士、あるいは当事者と支援する人(私たちの場合は日本人)との難しい局面を見てきた。「アプロ女性ネット」の活動に参加した頃には、誰と何をするためにどうつながりたいか少しは見えている自分であると信じたい。
アプロ女性ネットは助成金をゲットできて、目下第3回の実態調査の準備中である(COVID‐19のパンデミックの状況下にはあるため、当初の計画が遅れているが、実施は2020年中、報告書完成は2021年末を予定)。
●「自分時間」を生きる
この本のタイトルである「自分時間」と言う言葉を、ふぁみさんは、「標準化されたライフ・ステージを踏襲せず、自分独自の人生の時間軸に沿って時を刻んでいるという意味で使っている」と述べている。そしていつの頃か自身が「自分時間」を生きていると自覚しているとのこと。わたし自身を振り返るに、若い頃の結婚プレッシャーを乗り越えたとは言い難く、離婚後には自尊心がボロボロになるし、波風を立てたくないばかりに言うべきことを言わなかったこともしょっちゅう。恰好悪くて墓場に持っていくしかない話がてんこ盛りで、およそ潔い生き方とは言えない。しかし今あるのはその時々に一生懸命考えた結果の積み重ねである。わたしもわたしなりの「自分時間」を刻んでいると言っていいのかも。おしゃべりで、人情家で、しなやかさの中に芯の強さがにじみでる、ふぁみさんの姿が目に浮かぶ。この本を通じて一緒に、在日コリアン女性のことを語り合う人を求む。
(ぱく くね)
*本書についてはこちらから 楽天ブックス https://books.rakuten.co.jp/rb/16239835/
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