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時空を超えて出会う二つの魂 内藤葉子
2010.09.03 Fri
ラウィーニアと詩人ウェルギリウスが、「夢」のなかで遠く時空を超えて出会うという宇都宮さんのお話に触発されて、この世とあの世の境界、あるいは時間と空間の狭間にゆらぐ魂が、かけがえのない人との再会を求める姿を描いた作品を紹介したい。
一つ目は、現代セルビアの作家ミロラド・パヴィチが旧ユーゴスラヴィア時代に書いた『風の裏側』である。パヴィチの作品はいつも風変わりな趣向がこらしてあるが、この本には「裏」がない。本の両面が「表」で、どちらからも読むことができ、まんなかで二つの物語が出会うという体裁になっている。
二つの物語とは、ヘーローとレアンドロス――恋人同士を隔てる海を渡ろうとしてレアンドロスが溺死してしまうギリシャ神話だが――の転生した人生についての物語である。ユニークなのは、レアンドロスは17世紀の石工に、ヘーローは20世紀の大学院生となって転生しているところだ。時代も場所も違うため、今生の生において二人が出会うことはない。けれども両者はその生の端々に、運命の恋人の存在を感じ取っている。爆死と斬首というどちらも悲惨な死に方をするが、死後二人の魂は互いに出会うために、一方は未来に向かって、他方は過去に向かって時空の海を泳ぎだす。中盤にはさまれた青い頁は、二人を分かつ海を象徴したものとなっているのだろう。旧ユーゴ内戦という歴史的背景を思うと、時空の海によって引き裂かれた恋人同士がいつか出会うだろうと予感させることは、悲惨のなかに灯る希望の光のようにも思える作品だった。
二つ目は、レムとタルコフスキーで有名な『ソラリス』だが、ここではあえてソダーバーグの『ソラリス』を紹介したい。タルコフスキーの『惑星ソラリス』のほうが神秘的かつ問題提起的なため個人的には好みだが、ソダーバーグの『ソラリス』のほうが、人間の感情の生々しさをより率直に描いていたと思えるから。
ソラリスの海は調査にきた地球人の記憶に介入し、そこに存在する対象を具現化してしまう。主人公クリスはソラリス上空の宇宙コロニーのなかで、自殺した妻レイアが彼自身の記憶をコピーする形で目のまえに具現化するのを見る。かけがえのない人を失った場合、人は残りの人生を愛する人の不在とともに生きていくしかない。どれほど後悔しようとも、その関係性をやり直すことは不可能である。だが、予期せぬ再会を果たしたとき、人はどれほどの動揺と混乱と執着にさらされるのか。
目の前の存在ともう一度関係性を作りなおすことができるとしたら?クリスはレイアに激しく執着し、彼女を再び失うことに耐えられなかった。二人の再会には、人間の弱さを剥き出しにしたような痛々しさと息苦しさがつきまとっていたように思う。
三つ目は、テッド・チャンの「地獄とは神の不在なり」(『あなたの人生の物語』所収)である。
ここでは天使の降臨のある世界が想定されている。神の意思が介在している降臨に遭遇すると、たまたま障害をもっていた人が治癒したり、健常であった人が障害を負ったりといった奇跡が起きる。その経験が人々のその後の人生に与える影響はとても大きく、感謝や恐怖から敬虔な信者となる者もいれば、愛する者を降臨によって失ったがために信仰を捨てる者もいる。同時に人々は、降臨の衝撃によって誰かが死ぬ時、その魂が天国に昇るか地獄に堕ちるかを見ることもできる。一瞬垣間見える地獄は、地上からみるかぎり、地上での生活となんら変わらないように見えるらしい。天国と地獄が入り混じったような現世の描写は、アウグスティヌスの現世論を彷彿とさせるものでもある。
主人公ニールにとって、もともと神は何の意味ももたない存在であった。だが彼は、妻セイラの魂が天使の降臨によって天国に昇ったのを知り、もう一度彼女に再会するために、自分の魂も天国に昇ることを痛切に願うようになる。しかし、ニールはどうがんばってもセイラを奪った神を無条件に心から愛することができないでいた。神を信じない主人公は、それでも自分の魂が天国に昇るために、ある行動をおこそうとする――。
作者はヨブ記の「中途半端さ」に異議を唱えてこの作品を書いたという。神はあれほどの苦しみをヨブに与えながら、なぜ最後に彼を救済したのか。ニールは最期に神を愛することの真の意味を悟り、昇天するのにふさわしい資格を得るが、天国に行くことはできず、セイラと再会することは叶わなかった。それでも彼は神を愛しつづけるのだが、いったいそれはどのような意味においてなのか? 短編ながら深い読後感を味わうことのできる作品である。
三つの作品はどれも、恋人たちの魂が時空を超えて出会う(あるいは出会わない)ための設定そのものが独創的で卓越している。だがもちろんそれだけではなく、読み進めるうちに、不確実で不安定な生を抱える人間たちの弱さや儚さ、また相手を想うひたむきささや感情の襞の繊細さに心打たれることだろう。物語が終わった後にも、彼女・彼らはその後どうなったのかを知りたくなるような不思議な読後感を堪能することができるのである。
(内藤葉子)
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