8月に朝日新聞出版から『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』(朝日選書)という本を出版しました。著者としてご案内を申し上げます。
 朝日新聞は2014年8月、過去の慰安婦報道を検証した特集記事「慰安婦問題を考える」を掲載。朝鮮人女性を慰安婦にするため強制連行したとする吉田清治氏の証言を「虚偽」と判断し、記事を取り消しました。しかし謝罪が遅れたことなどから強い批判が起こり、翌2015年には朝日新聞社に対する集団訴訟が右派3グループから相次いで提起されました。
 原告らは集団訴訟で「朝日新聞の誤報が国際的に大きな影響を及ぼし、日本や日本人の名誉を傷つけた」などと主張。これに対し裁判所は判決で「記事が強制連行・性奴隷説の風聞形成に主要な役割を果たしたと認めるには十分ではない」と認定し、確定しています。
 著者は2014年の特集記事の取材班に参加し、その後も慰安婦問題の取材を続けています。本書では朝日新聞の報道と、保守・右派の批判を訴訟の経過に沿って詳述。双方の主張と裁判で示された判断を並べて記し、「第三者委員会報告書」や「米国での慰安婦像撤去訴訟」「植村隆・元朝日新聞記者の訴訟」についても詳報しました。
 一連の取材を通じて考えさせられたのは、慰安婦問題をはじめとする戦争被害の問題をだれの視点で見るかによって、その意味も見える景色も全く変わってくるということです。 たとえば「強制」という言葉は、被害女性から見れば、自分の意思に反して慰安所に連れて行かれ、日本兵の性の相手に従事させられたという意味です。被害女性自身の体験と証言が出発点となります。一方で旧日本軍や政府から見た「強制」とは軍人や官憲が命令を出して従わせるという意味となり、法的な命令を出したか、物理的な強制力の行使があったかどうかを示す公的文書での証拠があるかどうかが出発点となります。「強制の証拠がない」と言われて憤った被害女性が「私が証拠だ」と語ったという逸話などから、慰安婦問題をめぐる視点の決定的なずれを何度も痛感させられてきました。
 本文に800個以上の注をつけ、典拠となる書籍の掲載ページやネット上の動画URLなどを明示。勘違いや誤記とみられる発言や記述について、原資料にあたってファクトチェックした結果も、注で説明しました。慰安婦問題に関心を持つ方々が問題を調べる手がかりになるような「読める資料集」をめざしました。

◆書誌データ
書名 :朝日新聞の慰安婦報道と裁判
著者名:北野隆一
出版社:朝日選書(朝日新聞出版)
頁数 :552頁
刊行日:2020年8月
定価 :1900円+税