大田洋子は原爆の語り部でもあるにもかかわらず、今ではあまり知られていない。
 戦後75年にあたって、反戦/核兵器廃絶を願い終戦日に刊行を目指した小鳥遊書房の企画に賛同して、私は『大田洋子原爆作品集』を編集し解説を付した。
 1945年8月6日に洋子は広島で被爆し1963年に他界するまで、当事者の立場から原爆を告発しつづけた作家であった。被爆直後から書き出した「屍の街」には、原爆投下から避難先まで、目撃した死屍累々たる地獄の惨状が記録され、「半人間」では、身体ばかりか精神の傷を負って不安神経症となり原爆後遺症に怯える自らの姿を刻印した。これら代表作の他、「河原」「牢獄の詩」「過去」「恋」「城」「どこまで」「暴露の時間」「ほたる」「残醜点々」「ある墜ちた場所」など短編10篇を収めている。
 ほとんどがサンフランシスコ講和条約までのプレスコード下での作品で、体のケロイドや魂の火傷、被爆差別や貧困、ジェンダー差別など、被爆者たちの苦悩の諸相を深層から炙り出している。アジアを植民地支配した日本の戦争責任や、戦争協力への自責の念も込めながらである。
 壊滅した軍都・広島の街の復興もマッカーサー道路や百メーター軍用道路の建設が最優先され、水はけの悪い練兵所跡に建った被災者住宅は、絶え間なくなめくじが家の中の蚊帳の上まで這い上がるありさまだった。アメリカの占領政策によって原爆病の実態も隠され、原爆文学も検閲に遭い、「屍の街」もしばらくは公表をされなかったのである。さらに朝鮮戦争によって再軍備され日本の民主化も変更されていくが、本書は、原爆を基点としながら日本の戦後を問う一冊といえよう。
 洋子は、原子爆弾は人類の闘争のうえに使われる限り〈悪の華〉であり、原爆を落としたのはアメリカであると同時に日本の軍閥政治そのものであるといい、大量虐殺、戦争犯罪である原爆をアメリカが人類史上初めて実戦に使用したのは、日本の戦争を終結させるためよりもウラニウムとプルトニウムの核兵器実験のためだったと発言。そして原爆投下は極東政策の一段階であり、アメリカは世界中の怨恨の焔を浴びる前に戦争準備を止めるべきだと、2020年の今日にまで通じるメッセージを残しているのである。
 辺野古をはじめアメリカの軍事基地拡大は止まず、日本の空まで支配されて連日連夜米軍の戦闘機やオスプレイまで飛行する時代となり、日米安保・地位協定が強化され戦争の危機が忍びよる戦後75年目の今こそ、大田洋子の原爆文学は読まれなければならない。


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◆編者略歴
  長谷川啓(はせがわ・けい)女性文学研究者
主著『佐多稲子論』(オリジン出版センター 1992年7月)『家父長制と近代女性文学――闇を裂く不穏な闘い』(彩流社 2018年10月)、共監修『[新編]日本女性文学全集 全12巻』(六花出版 2007年8月~2020年3月)

◆書誌データ
書名 :原爆作品集「屍の街」
著者名:長谷川啓
出版社:小鳥遊書房
刊行日:20/08/15
定価 :3500円+税