
コロナ禍のなか、江戸時代の性の話が読まれるだろうか――。2年かけ準備してきた本書だが、いざ刊行計画にのせようかというとき緊急事態宣言が出され、書店休業、流通の不安定が生じていた。「人間そのものが問われるときだからこそ、本は求められている、だが、いまどのような本を出版すべきか、検討してほしい」、そのような社長からのメッセージを前に考え込んでしまった。
やれるだけの推敲は著者と共に行なった。そして予定どおり8月刊行をめざし、迎えた発売日。「とても動きがいいよ」という新書責任者の報告は、著者にも私にもうれしい驚きだった。
本書は、江戸時代を生きた普通の女と男が、交わり、孕み、産み、あるいは間引きし、買い売られる、そんな局面を、具体的な史料から読み解き、時代そのものへと迫っていく一冊である。
俳人、小林一茶はなぜ妻との交合を細かに記録したのか、子宝を求めてか、快楽か。親子ほど年の違う妻菊の立場にも思いを寄せ、連日の交合の意味を考える。
また、「不義の子」を宿したと夫から疑いをかけられた「きや」という名の女性の主張も興味深い。この夫婦のもめごとは、ついに藩の裁定を仰ぐこととなったのだが、きやは、夫婦の交わりがいつまであったか、だから夫の子に間違いないと、堂々と話す。夫婦のその後も史料からつきとめ、実にスリリング。
他に、難産に立ち合った医者の記録や、非公認の性買売で検挙された女たちの運命など、女、男、家、村、藩、幕府など、それぞれの思い・思惑が交錯するさまを描く。
では、江戸時代の性は、いまにどうつながっていくのか。「近代家族」への移行となると、当然、上野千鶴子氏の仕事にも言及される。WAN理事長への忖度ではないが、本書で紹介される上野氏の論考は、いずれも『近代家族の成立と終焉 新版』として岩波現代文庫で読めるようになったことも伝えておこう。
江戸時代には出産もハイリスクであり、疫病、貧困も当然あった。そのなかで懸命に生きた女たちが愛おしく感じられる一冊である。コロナ危機のいま、私たちのいのちにも不安がつきまとう。出会いが制限されるなかで、交わる、孕むも制約されてくるのだろうか。わからない。でも私たちは生きていく。本書が捉えた江戸時代の市井の人びとの姿は、どこか現在を生きる私たちと響き合っていたのかもしれない。
◆書誌データ
署名 :性からよむ江戸時代――生活の現場から
著者名:沢山美果子
出版社:岩波書店(岩波新書)
刊行日:2020/08/21
定価 :902円(税込)
慰安婦
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