またまたご指名で十代の女子からご相談が来ました。うれしいことです。以下にご紹介。

百合香 (東京都・17歳)

初めまして。私は女子校に通う高校2年生です。
先日学校で「君たちは女子だから浪人しない方がいい、同級生の男子が歳下になっちゃうよ」と言われたことが引っかかっています。周りの男の子に引かれるから、というニュアンスでした。

そもそも学問をするために大学に行くはずなのに、男性からどう見られるかを気にして進路を決める意味が、そしてそれを仮にも教師が推奨する意味が分かりません。
大学進学を前提にした学校、しかも女子校でこんなことを言われたことが本当にショックでした。

私自身は以前からジェンダー論やフェミニズムに関心があり、将来は世の中を変えてやる、なんて思っていたのですが、この教師の発言に一切の違和感を持たない様子のクラスメイトを見ているうちに、私1人が変えられることなど何も無い気がしてきました。
この先の人生で何度も同じような経験をするくらいなら、いっそフェミニズムについて何も知らないでいる方が良かったのではないかと思ってしまう自分が情けないです。

上野さんもご活動のなかで逆風にもまれることもあるかと思います。そのような時に、どんなメンタルでいれば自分の信念を貫き、世間に発信していけるのでしょうか。ご教示いただけたら幸いです。
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17歳の百合さん、お便りありがとう。
「君たちは女子だから浪人しない方がいい、同級生の男子が歳下になっちゃうよ」
と言った教師は、たぶん中年の男性教師ですね。その世代の価値観丸出し、です。

最近進学女子高は、女子生徒のキャリア教育に熱心に取り組んでいます。そのなかに進学率の向上もあり、浪人経験をネガティブに見るような傾向はぐんと減ってきました。現にわたしは東大教師をしていましたが、2000年以降、女子の浪人経験率が目に見えて増えてきたことを実感しています。

むかつくよね、くやしいよね、それに時代に合わないばかばかしい発言です。
こういう発言をアスピレーションのクーリングダウン(意欲の冷却)効果がある、というのです。男子なら浪人してでも上を目指せとお尻を叩くのに、難関校にチャレンジしようとする女子の意欲を挫くことで、東大女子も増えないんです。たとえ善意で言ったとしても、結果として相手を無力化する発言を差別的、といいます。

こういうときには貯めておかないで、周囲とシェアしましょう。 まず信頼のおける女性教師にこんなこと言われたよ、とシェアしましょう。その先生が一緒に怒ってくれたらいいけれど。そして先生同士のあいだで、生徒にこんなことを口にしないよう、お互い注意しましょうと合意ができたらいいですね。今どき、「女の子はお嫁にいけばいい」「浪人しない方がいい」なんていうのは、差別発言だと認めてもらいましょう。

「この教師の発言に一切の違和感を持たない様子のクラスメイト」ってほんとですか?ちゃんと話し合ってみましたか?五輪組織委の委員長を辞任した森喜朗さんに対して「わきまえて」いた女性理事みたいに、むかついても、「言ってもむだ」と黙っていただけかも。「ねえねえ、どう思う?」って話し合ってみたら?なかには「先生のいうとおりじゃん」という子もいるかもしれません。ひとそれぞれ、育った家庭の価値観もありますから、意見が一致しなくても、あなたのいうことに「そうね、そうよね」と言ってくれる生徒がいるかもしれません。
それに森さんを辞任に追い込んだのは、「言ってもムダ」と忖度しなかった「#わきまえない女」たち。20代の女性たちが始めたオンライン署名が15万筆を超えました。日本には「#わきまえない女」がこんなにいたんだよ!
https://www.change.org/p/東京オリンピック-パラリンピック大会組織委員会-森喜朗会長の辞任を要求します-オリンピック
先生もクラスメイトも反応がなかったら?思いを共有してくれるひとを学校の外に探してください。

「上野さんもご活動のなかで逆風にもまれることもある」って同情してくれてありがとう(涙)。わたしも周囲の無理解に苦しみました。でもその周囲も少しずつ変わっていきましたし、近くにいなくても遠くに共感してくれるなかまを見つけることができます。今は性的マイノリティでも、ネットの世界でなかまを見つけることは以前よりずっとかんたんになりました。そういえば以前勤務していた職場の同僚が「上野さんて非常識な人だと思っていたけど、よく聞くとまともなことを言っていることがわかった」と5年くらい経ってから言ってくれたことがありました。5年かかりましたけどね(苦笑)。

まだ17歳、それに女子高という保護区にいれば、世間の女性差別の逆風にさらされることはあまりないでしょうから、この教師の発言が「ショック」だったんですね。そのうち社会人になれば、「ショック」にならなくなるほど、性差別的な言動にさらされます、いやな予測だけど。そうなると「またか」「やれやれ」とその場で沈黙したり、ひきつった笑いに同調したりする「わきまえる女」になります。 でもね、いま、そうやって「わきまえた女」たちが、「わたしにも「わきまえ癖」がついてた、反省!」って変化しつつあるんです。なぜかって、「わきまえ癖」がつくことは、自己嫌悪を招くつらい経験だからです。

「どんなメンタルでいれば自分の信念を貫き、世間に発信していけるか」ですって?
敵を知り味方を知れば百戦危うからず、と兵法にもあります(笑)。
おじさん話法にはいくつかのパターンがあります。そのパターンを学習すれば、「ははーん、こう来たな」とだいたい想定内に収まります。差別発言をするオジサン(ときにはオバサンも)は、だいたいジェンダーのステレオタイプを踏襲しているので、そんなにアタマがよくありません。このパターンにはこれ、と反論のストックをプールしておくといいですよ、そのためには理論武装が必要、女性学・ジェンダー研究はそのためにあります。そうするとこういう発言が出ると、「来た来たー!」と、どの手で返そうか、と楽しみになります。
最近こんな本を書きました。このなかにはそのための知恵が詰まっています。
『女の子はどう生きるか 教えて!上野先生』岩波新書

女の子はどう生きるか: 教えて,上野先生! (岩波ジュニア新書 929)

著者:上野 千鶴子

岩波書店( 2021/01/22 )

17歳の百合さんは、まだ「わきまえ癖」がついていませんね。クラスメイトのなかには、すでに17歳で「わきまえ癖」のついているひともいるかもしれません。でも、これからも「わきまえ癖」はつけないで「#わきまえない女」になってください。なぜって、その方が人生はずぅーっと楽しいからです。