
WANでは、性差別の撤廃・ジェンダーバイアス解消の課題認識を含む、または反差別の立場からセクシュアリティに関する新しい知見を生み出している博士学位論文の情報を収集し、「女性学・ジェンダー研究博士論文データベース」に登録・公開し、広く利用に供しています。同データベースに登録されている論文を、多様なバックグラウンドをもつWANのコメンテイターが読み、コメントし、意見を交わす機会を設け、執筆者に、大学や学会とは異なる、研究発展の契機を提供することを目的に「WAN博士論文検討会」を開催しています。その第2回を、WAN女性学・ジェンダー研究博士論文データベース担当と上野ゼミが、以下の通り共催しました。
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日 時:12月12日(日)13:00~16:00
開 催:オンライン
参加者:23名
内 容:
第1部
報告 柳 姃希「韓国におけるセクシュアル・マイノリティ運動と『あいまいな当事者性』戦略―エンパワメントの視点からの考察ー」博士(コミュニティ福祉学).2020
コメント 千田 有紀(WAN理事)
意見交換
第2部
報告 李 亜姣「現代中国の高度成長とジェンダー―農嫁女問題の分析を中心に」 博士(社会科学)」2019
コメント 古久保 さくら(WAN副理事長)、海妻 径子(WAN女性学ジャーナル編集委員)
意見交換
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第1部では、はじめに執筆者柳 姃希さんが、博士論文の概要を紹介されました。本論文は、激しい差別と偏見のもとに置かれてきた韓国のセクシュアル・マイノリティの当事者運動とコミュニティの変遷の関係を実証し、韓国のセクシュアル・マイノリティ運動団体のあり方に「結節の場としてのコミュニティ」という展望を提示した論文です。
報告を受け、コメンテイター千田有紀さんが、知見に非常に触発された、セクシュアル・マイノリティとくに同性愛者への激しい抑圧にキリスト教と軍隊の存在が大きく影響していることや、日韓の近代化過程の違いがよくわかると評したうえで、①クィア・スタディーズの概念定義、セクシュアル・マイノリティとクィア・スタディーズの関係の整理のしかた、本論文におけるクィア・スタディーズの位置づけへの異議、②セクシュアル・マイノリティとするより、分析対象を同性愛者に焦点化した方が問題を明確にできたのではないか、③「あいまいな当事者性」という概念化は、「あいまい」に、消極的な意味合いだけでなく積極的な戦略性が含意されている点で有意だが、一面で、当事者に抑圧的に作用する陥穽はないか?等疑問点を挙げられました。そして、セクシュアル・マイノリティとエイズアクティビズムの関係等5点について執筆者に質問をされました。これら疑義・質問に、執筆者より、「あいまいな当事者性」という概念を設定した問題意識と経緯、またその限界の認識等が回答されました。会場からは、本論文のエンパワメントやニーズ論に依拠した分析のほかに、キリスト教の性規範との関係に着目した分析もあり得るのではないか、等の発言がありました。博士論文執筆後、執筆者は、韓国のセクシュアル・マイノリティの具体的な生活課題の研究に取り組んでおられます。
第2部ではまず、執筆者李 亜姣さんが、博士論文の概要を紹介されました。中国経済の高度成長をもたらしたのは、主に固定資本投資の拡大でした。しかし反面、固定資本投資の対象である土地の収用はさまざまな矛盾を中国社会にもたらしました。農村では、『村憲法』により、村で生まれ、結婚した女性たちが生活保障手段である土地に係る権利を奪われました。彼女たちを農嫁女と言います。本論文は中国経済の成長の陰で、農村の女性たちの土地使用権が剥奪されていく機序を、資本の本源的蓄積論に関するジェンダー的批判理論を駆使して解明したものです。
報告を受け、コメンテイター海妻径子さんは、論文の興味深かった点として、①「公平な分配」追求における“土着的”思想とジェンダー・バイアス、②農嫁女と、日本の高度経済成長期の「女性の都市移動」の同一構造性、③ジェンダーをめぐる社会問題の可視化に伴う、ジェンダー秩序の“伝統”創成(たとえば、夫方居住婚の「伝統」化)、を挙げられました。その上で、婦女連の性格・位置づけ、対抗メディアや民間法律援助組織の現状、地域的抵抗波及の鍵は?の3点について質問され、執筆者が回答されました。
次いで、コメンテイター古久保さくらさんは、①農嫁女問題の現在、②農嫁女問題を一枚岩のものとして論じてよいのか、③土地収用補償費分配をめぐる訴訟において「集団の構成員資格の喪失も慎重に厳しく認定する。最大限農民、特に婦女、児童及び農民工などの合法的な権益を守る。」という中国最高人民法院の司法解釈(2011)がありながら、それと合致しない地域分権=村民委員会の決定が尊重されるとは、法治以上のロジックが尊重されるということか?の3点を問われました。これらについて、執筆者から詳細な説明が為されました。現在執筆者は、博士論文の図書出版に注力する傍ら、本研究のインタビュー対象者たちとの情報交換、日本での発信等農嫁女問題への関与を続けておられます。
参加者アンケートでは、回答者の全員が、十分または概ね「参加目的が達成された」と回答し、次のような感想・意見が記されました(順不同)。
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❖歴史、政治体制、社会構造の違いによって固有でありながら通底するジェンダー・セクシュアリティ問題が生成されるということがよくわかる第1部・第2部だった。
❖第1部柳さんの研究では、研究枠組およびエンパワメントの分析枠組が綿密に構築されていることが秀逸だと思った。第2部李さんの研究は、経済学理論に基づく分析考察には難しくついていきにくかったが、後半の当事者・関係者への調査に基づく部分が相俟って、根深い構造をもつ難問題であることがよくわかった。
❖第2報告に参加した。コメンテイターの古久保さんが質問された、都市に出て現在は農村に住んでいない人の農村での土地に対する権利(耕作権)はいかにして正当化されうるのかという疑問は、とても本質的な質問で、考えさせられた。報告者のかたの返答は、男性の場合は保証されている権利だから、というものだったが、男性の権利も含めてそれをどう正当化するのか、報告者の見解が聞きたいと思った。とても面白い会でした。
❖2本の博士論文執筆者の方による発表、コメンテイターの方の指摘や論点ともに興味深く拝聴した。ただ、研究者の方々による意見交換や問答がなされる中で、研究者でない門外漢の素人が質問やコメントをしてよいものか戸惑いがあった。<
❖両論文とも、長い年月を費やして行われた理論&実証研究の、かつ母語でない言語でまとめあげられた労作で、敬意を表する。
❖コメンテイターのコメントによって、優れた点や課題が解読され、たいへん勉強になった。
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知見も、論文提供者も、コメンティターも、参加者もそれぞれが相対化される、熱く有意義な対話のひとときでした。
3月13日(日)には第3回WAN博士論文検討会を開催の予定です。
歩み始めたばかりのWAN博士論文検討会が、WANらしい/WANならではの事業として鍛え上げられていくことを願ってやみません。
文責:WAN博士論文データベース担当 内藤和美
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