第165回芥川賞を受賞した李琴峰氏の芥川賞受賞第1作で、2021年12月30日に出版された、衝撃的な作品です。
 舞台は2075年の未来で、胎児の意思確認ができる時代になっています。この時代は安楽死も同性婚も合法化され「合意出産制度」が28年前(2047年)に成立しています。「合意出産制度」とは、胎児に生まれたいか否かを問うもので、否を選択した命を産んではいけないという制度です。
 胎児が意思表示できるのが出産の1か月前の妊娠9か月です。「生存難易度」が算出され、そのデータを胎児に伝え、胎児がそれをもとに生まれることを「合意する」か「拒否する」かの意思表示をします。「合意」なら産めますが、「拒否」した胎児はキャンセルという「出生取消手術(堕胎)」をします。
 「拒否」した子をキャンセル(堕胎)せずに産むと、その子供が成長して自分を産んだことを恨んだ場合、20歳までという期限付きで両親を訴えることが出来ます。訴えられた両親は「出生強制罪」の被告となり、訴えた子供は安楽死の費用を両親に請求して安楽死することができます。
 28歳の主人公、彩華は「合意出生制度」が施行された年に生まれ、胎児時代に生まれることに「合意」して生まれてきました。彩華の生きる支えは『自分が生まれたいと意思表示をしたこと』です。勿論その時の記憶はないのですが、公文書として「合意出生公正証書」が発行されています。彩華は、自分で生まれることを選んだというその証書があることで、辛かった時や挫折した時に乗り越えられたと思っています。生まれたい子だけが生まれてくるこの制度があったから、彩華は自分の存在を支えられたと信じています。社会には「合意出生制度」に反対する「無差別出生主義」を唱える団体もありますが、彩華は生まれてくる子の意思を無視した犯罪集団だと嫌悪しています。
 今、彩華は2歳上の佳織という同性パートナーと結婚して、2人の遺伝子を持った女児の胎児を妊娠しています。妊娠している胎児の「生存難易度」は悪くなく、胎児は当然『合意する』と思って体調に気を配り妊娠生活を送っていました。ところが、9か月の胎児が「出生意思確認」で『拒否』を表明してきて、彩華は混乱します。彩華は、妊娠中の胎児と歩んだ時間の愛おしさ、胎動で命を感じる喜びからこの子を産みたいという「産意」を抱き、迷い葛藤します。嫌悪を抱いていた「無差別出生主義」団体の会員たちの気持ちが分かるようになり、「出生強制罪」になったとしても産もうと決意します。最初難色を示したパートナーの佳織も出産に同意しますが、前駆陣痛始まってそれが収まった後、彩華は思いを翻し、9か月の胎児をキャンセル(堕胎)すると決断します。生まれたくないと表明した子の意思を無視してはいけないと思い至ったのです。
 彩華は、次は佳織が妊娠するので、その胎児が「合意」してくれることに望みを託します。産院で生まれたばかりの新生児の産声を聴きながら、彩華は自分の意思を尊重された子が今この瞬間もこの世界で多く生まれていると思いを馳せ、そのことがこの上ない希望のように感じます。

 ここで描かれる未来社会は「人権とは」「自分の命とは」「自分の人生とは」「自己決定とは」という究極の命題を突き付けてきます。それを胎児の意思尊重という視点で炙り出してきますが、この小説の底流には、産まされた子供側の辛さがあります。それは、《親が自分の子供の存在を承認するストライクゾーンがとても狭い》ことに起因しています。親に承認されようと子供は努力しますが、親のストライクゾーンに入れない子の方が多いのです。親と子は別人格ですから、それが当たり前です。しかし、親たちは自分のストライクゾーンから外れた子供の存在を否定する傾向にあります。また、今の日本社会も《人として承認するストライクゾーンがとても狭い》のが現実です。多くの若者は親にも社会にも自分の存在を承認されない状況で、生まれたくなかったと苦しんでいます。だから、生まれたくない子供に命を押し付ける「出生強制」は許されないことであり、生まれたい子供だけが生まれるべきというのです。親に存在を支えてもらえなかった彩華の『それでもどんな挫折も耐えてやろうという気持ちになれたのは、この人生は他でもない、自分が選んだものだからだ。この人生は始まりから終わりまで、丸ごと自分のものなのだという事実が、私を支えている』という言葉が切なく響きます。
 生まれたくない子供を産まないという彩華の決意に、子供が生きづらいこの社会を問い直さなくてはいけないと気づかされます。そして、生まれたくなかったと苦しむ若い世代に、大人や社会が《命とは何か》をしっかり伝えなければいけないと強く思わせてくる作品です。
「命」について改めて考えさせられる、衝撃の1冊です。

◆書誌データ
書名 :生を祝う
著者名:李琴峰
頁数 :184頁
出版社:朝日新聞出版
刊行日:2021/12/7
定価 :1760円(税込)

生を祝う

著者:李琴峰

朝日新聞出版( 2021/12/07 )