山田仁子(やまだ・ひとこ)さんは製茶業・株式会社菱和園の二代目。オリジナルブランドのお茶約80種類を販売。地域では子供から大人を対象に、お茶の楽しさと会社の存在を知ってもらおうとお茶のワークショップを開催、WEBでは女性スタッフによるお茶レシピの紹介、さらに、有機栽培のお茶の商品開発に取り組み、スーパーマーケットやトレード―ショーでのプロモーション事業、これまでのスーパー、量販店に加えて、生協での販売や通販事業にも取り組むなど、新たなお茶と消費者の接点を生み出している。
◆茶畑から茶農家さんの思いを伝えたい
会社があるのは神奈川県の中部にある高座郡寒川町。人口48,550人。寒川町は、全国の自治体では数少ない人口増となっている町だ。会社の1階が製茶工房。お茶は、九州、静岡県などの産地の契約農家、静岡県農協茶業センター、鹿児島、静岡の茶問屋から仕入れたものを、自社工場で製茶にしている。自社ブランドの製品は80%。事務3名、営業5名、工場に20名。全部で28名が働く。年商は5億円。
会社はお父さんの小尾勝一さんが、祖父が山梨県で営んでいた菱和園から独立して1967年に茅ヶ崎で開業。2001年に寒川町に移転した。
「父は4人兄弟の3番目。みんなお茶の仕事に入りました。それぞれ方向性が違ったようで、そこで祖父が『 それぞれが,やりたい方向に動け。そこで新しいことを自分で考えろ』と 。父は祖父から仕入れたお茶をもって新規開拓のために車1台で海に向かって走ったみたいです。 育ちが山梨で海がないから海に憧れ、海が好きだったんです。それで走ってきたのが茅ケ崎。私はこちらで生まれましたが、6才の時に家族は自宅があった山梨に戻り、父だけ残って単身赴任していました。私は、大学からまた茅ヶ崎に移りました。」
仁子さんは父に習って鹿児島、福岡の茶農家にも足を運ぶ。「茶畑に行って茶農家さんの思いをちゃんと汲んで商品を売っていかなければ」との思いからだ。仕入れ先は静岡茶問屋、神奈川の茶業センターをはじめいろんなところがある。飛び込みでもちこむ人もいる。お茶の時期になると、10社くらいある取引先からいろんなお茶が送られてくるのを、工場長が全部見て焙煎作業に入る。
「昔ながらのドラム式火入れ機で、職人が茶葉の香りと温度を確認しながら、茶葉が持つ旨みや香りが最大限引き出されるよう、少量ずつ丁寧に焙煎加工をおこないます。工場長が出荷の管理をして、無駄のない製造をしています。」
◆父親の創業した製茶業の後継者に
山田仁子さんは二人姉妹の妹。大学4年のとき姉が継がないということで、そのまま父親の菱和園に就職。大学時代から茶業は手伝っていた。大学卒業の後に営業職になり、車を運転して営業に回った。
30歳で結婚。夫・山田洋立(ひろたつ)さんは仁子さんと明治学院大学の同級生。大学を卒業し静岡県農協茶業センターの研修を経て菱和園に就職し、2021年工場長になった。仁子さんは子育て中は経理を担当。父親が体調を崩したことから2021年社長となった。現在、高3、中3の二人の子どもがいる。
「姉は外資系の会社に入って、大きな企業だったので、社長という仕事の大変さを社会勉強でわかって、自分には無理だという判断をしたんですね。私は企業勤めの経験がなかったので、アルバイトとか就職活動はしていましたけど、なかなか自分がやりたいものを見出せない中、大学の4年生のときに、父が改めて私たちに、家業を継ぐ気があるのかというふうに問いかけてきて、そこで姉が私は無理ですというので、じゃあ、私がということで自主的に手を挙げた。入社は大学を卒業してから。大学の4年生の時は工場で仕入れとか手伝わせてもらっていました。工場の段ボールとか資材の発注です」
仁子さんが父親の創業した製茶業に入った理由は、お茶が好き、それ以上にお父さんのことが好きだったから。働く姿が恰好よかった。単身赴任で家の大黒柱。母親も絶対の信頼を寄せていた。大学まで行かせてくれて愛情を持って育ててくれたという思いが大きかった。また小さい頃から、会社に顔を出していたことから、職場の人たちと一緒に仕事をすることに何もためらいがなかった。
「山梨のお茶工場におばあちゃん、おじいちゃんがお茶の工場に入っていたので、夏休みは手伝いにいったり、弁当を持って行ったりしてたんです。工場の製茶の作業が好きでした。 小学生の頃です。それに父と母が事業の話をしょっちゅうしてたんです。ただ聞いているだけなんですが、なんとなく話しが体に染み付いていたんです」
◆外部に出かけ新たなお茶づくりの展開を学ぶ
仁子さんにとって、お茶は生活の一部。家庭ではコーヒーが一切出なかったので、初めてコーヒーを飲んだのは大学時代。お茶の良さもわかっていたし、工場のお茶づくりの工程も大好きだった。しかし、好きと会社経営をするというのは異なる。会社を継ぐにあたっては何度も両親と話し合い確かめ合うこともした。
「当時 経理をやっていたので、基本的に毎日会社の中に居ました。で、社長となると中にいただけでは何も得られない。外に行っていろんな勉強してこいと父に言われたんです。でもなにを勉強し、どこから始めていいのかわからない。そんなとき株式会社吉村の橋本久美子社長が頭に浮かんだ。橋本さんのところでは、いろんなお茶のワークショップもされている。何回か足を運んだこともあり、会社の雰囲気や従業員の関わり方にしてもすごく学ぶところが多かった。 父から言われたその次の日に橋本さんに直接電話をしたんです」
株式会社吉村は食品包装資材の会社。東京都品川区にある。創業は1932年。社長の橋本久美子さんは3代目。お茶のパッケージの開発、企画、デザインなどを手掛けている。静岡、京都、福岡、鹿児島など、大きな茶の生産地には、すべて事業所をもっている。印刷機も備え、相手の仕様にあわせたお茶の包装紙を手掛けている。
お茶に携わる人やコト、モノなどを紹介する季刊紙「茶事記(さじき)」を発行。山田仁子さんも「茶事記」で紹介されていて、それがご縁で、今回のインタビューへとつながった。
https://www.yoshimura-pack.co.jp/
「橋本さんにお会いしたいと連絡をしたら1週間経たないぐらいで時間を設けてくださった。実は会社を継ぐことになったけど、何をしていいか分からないと正直に話しました。すると『社長は1人で心細い 、けど実はそうじゃない』とおっしゃった。橋本社長は東京中小企業家同友会に所属されてるんですが、神奈川県中小企業家同友会というものがある、同じ悩みを持たれている方もいるし、いろんな業者の方がいて勉強になるから1度顔を出してごらんって。で、神奈川の女性の重鎮の方をご紹介していただいて同友会に入ったんです」
同友会では、経営の基本の勉強会が用意されていて、経営者の講演があった。そこで話を聞いて、グループに分かれ、それぞれの企業の問題点、課題、悩み、強みなどを話しあい出し合うグループワークなども行われた。
「会社側や社長にとって何が大切なのかということを含め、多くのことを学ぶ機会がありました。また寒川町でも コンサルタントさんが3人いらっしゃる。コンシェルジュという形で町が雇用していて、企業に担当としてついていただけます。私は商工会議所の会員にもなり、そのことを知って先生をご紹介していただきました。その先生からは、うちの強み弱みといった部分を考えてみよういうところから始まり、そこから会社の方向性を考えていくというアドバイスをいただきました。町の支援策で「ものづくり補助金」というものがあります。そこにチャレンジしてみようと先生におっしゃっていただいた」
◆有機栽培の製茶の機械設備で新商品づくり
「ものづくり補助金」を申請し、審査も無事に通って有機栽培のお茶の製茶の機械設備を整えた。設備投資約800万円のうち2/3の補助を受けることができた。新たな機械が入り、これまでの商品に加えて強みになる新商品を生み出すと同時に、新商品が生まれることで会社の士気も上がることとなった。
有機栽培のお茶は生産も需要も増えている。とくに海外需要が目覚ましく、EU、アメリカへの輸出が伸びている。抹茶ラテ、アイスクリーム、菓子類の利用をはじめ、健康志向もあいまってお茶の用途が拡大した。こうした新たなお茶利用は、海外ばかりではなく日本国内でも広がっている。
また、仁子さんは展示会への出店も始めた。
「神奈川県の商工課の方から、展示会に出しませんかと声掛けをいただいた。無料で出せますと。そういう話しが2つ3つあって展示会にも出店するようになった。2020年の2月の幕張メッセのスーパーマーケット・トレードショーでは、神奈川県ブースに入れて頂き新商品を全面的に紹介しました。社長(父)も最初は心配していたようですが、だんだん安心してきてくれたみたいです」
会社では対話がとても大切とSWOT分析を始めた。会社の事業の状況等を、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の4つの項目で整理して、分析する方法である。https://mirasapo-plus.go.jp/hint/16748/
「幹部社員だけでなく、量販店営業として働く社員さんが何を強みと思っているのか、何を課題にしているのかを知りたいという思いから行ないました。「弱みを強みに、強みを更に強くしよう」と言っています。日報には必ずコメントをフィードバックしている。営業担当が営業先の量販店で売り場の写真を撮ってアップして、お茶の商品が1アイティム増えた! なんて報告もくるようになった。社員と経営者が同じ方向を向いていると感じられて嬉しい。『輝きに満ちた信頼で日々の癒しを世界に広げます」と経営理念を作りました」
◆スタッフの協力で新たなお茶のレシピ提案
新しいレシピの提案、地域でのお茶会の開催など、お茶の販売だけではない取組と展開も始めた。
「ワークショップは日本茶インストラクターの認定がとれた2019年の1月からです。営業を何年かやっていたんですが、商談で若い女の子が話しても説得力がない。それをずっと感じていて、知識を身に付けたうえで皆さんにわかってもらえることが必要だと勉強しました。お茶会は姉が言い始めた。 姉は夫が転勤族なので山梨に帰り、娘と一緒に父のところに住んで着付けの先生をしている。姉もお茶のインストラクターの資格をとったんです。着物とお茶は相性がいい、と山梨でワークショップをやって、それを神奈川でもやろうということになりました。」
ワークショップの開催で、お茶好きの子供たちが多くいることも知った。直接消費者の声を聞くことができる場にもなった。そして子供たちにも抹茶飲料が広がっていることも知ることとなる。ホームページや facebookなどでも、新たなお茶の提案を始めた。
「HPを作成してくれたところの協力でお茶製造の工程をYouTubeにあげ、また若者に発信できるような方法を取り入れるようにしました。HPのブログは事務員さんにお願いしています。事務員さんたちが、すごく勉強してくれている。」
受注発送管理をしている女性3名が、Twitterにもあげてくれている。共同のライングループを作って、そこに営業のメンバーが営業に行くときや出勤前の朝の風景写真あげたり、それをまたTwitterにあげてくれるので連帯感が生まれる。事務員さんは、日々、お茶を飲んだり試したこと、新たなレシピを紹介することも手掛けている。
「毎月の営業会議で、それぞれの意見をだしてもらうのは、もちろんですけど、あとは毎朝の朝礼で、なにかしらの格言集を読んでもらい、それぞれの意見や思いを発信することもしています。最近では社員からの声で私が作った経営理念を唱和しています。事務員3名と営業5名。8名しかいないので毎朝顔をあわせて、みんな来てくれてありがとう!と私がみんなに朝茶を出す。それは続けています。工場は下の方にあり、作業時間も違うので朝礼や昼礼は工場長がやってくれている」
いいお茶を製造するという基本的スタンスは変わらない。みんながこの会社で良かったなと思ってもらえるような会社にしていきたいと仁子さんは言う。
「商品づくりにしても、今掲げている有機栽培のお茶や全国茶品評会で内閣総理大臣賞・農林水産大臣賞を受賞した受賞茶など、時代にあったお茶を商品化していこうと思っています。ティーバック、粉末茶、急須のない世代に売り手が提案をしていく。受け身になってはいけないと思っています。時代にそった商品。お茶のよさを知っていただいて、体にいいものだというものを日本の人はわかってくれていると思うので、それを手軽にして、すぐ飲めるような、飲みたくなるような、そういう商品をうちが販売していく義務があるのかなと思います。ティーバックでも、お茶自体を損なわないような、お茶本来の美味しさを、みなさんにお伝えできるような商品。そのへんは考えています。海外の人たちにもお茶を飲んでもらえるようにするのも、ひとつの方法かなと思います。うちは、いいものにこだわり、そこで勝負していきたいです」
株式会社菱和園 https://www.hishiwaen.com/
神奈川県高座郡寒川町http://www.town.samukawa.kanagawa.jp/
参考文献:
●「茶事記」86号 発行:株式会社吉村
https://www.yoshimura-pack.co.jp/sajiki/86/
●「地域に根差す中小企業の成長記録 寒川エコノミックガーデニング」
編著者:さむかわ次世代経営者研究会 高島利尚 若槻直
発行さむかわ次世代経営者研究会
https://contendo.jp/store/itebook/Product/Detail/Code/J0010546BK0108795001/