
WANでは、性差別の撤廃・ジェンダーバイアス解消の課題認識を含む、または反差別の立場からセクシュアリティに関する新しい知見を生み出している博士学位論文の情報を収集し、「女性学・ジェンダー研究博士論文データベース」に登録・公開し、広く利用に供しています。2022年8月1日現在、同データベースには1,335論文が登録されています。これら登録論文または博士論文に基づく著書を、多様なバックグラウンドをもつWANのコメンテイターが読み、コメントし、意見を交わす機会を設け、執筆者に、大学や学会とは異なる研究発展の契機を提供することを目的に「WAN博士論文報告会」を開催しています。その第4回を、WAN女性学・ジェンダー研究博士論文データベース担当と上野ゼミが、以下の通り共催しました。
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日 時:2022年7月31日(日)13:00~16:00
開 催:オンライン
参加者:24名
内 容:
第1部
報 告 寺村 絵里子『女性の仕事と日本の職場―均等法以後の「職場の雰囲気」と女性の働き方』晃洋書房 2022
コメント浅倉むつ子(労働法、ジェンダー法)
討 論
第2部
報 告 工藤 万里江『クィア神学の挑戦ークィア、フェミニズム、キリスト教』
新教出版社、2022
コメント黒木 雅子(社会学、女性学、宗教研究)
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第1部では、はじめに執筆者寺村 絵里子さん(明海大学経済学部)が著書『女性の仕事と日本の職場―均等法以後の「職場の雰囲気」と女性の働き方』の内容を紹介されました。本書は、日本の民間企業における企業文化・職場風土・雇用慣行は、働く女性の就業・出生行動にどのような影響を与えているのか、また、「職場の雰囲気」はいかなる要素で醸成されるのかを、学際的アプローチと新たな理論を用いて、理論と実証の両面から明らかにした労作です。報告を受け、コメンテイター浅倉むつ子さんは、本研究が、先行研究の渉猟と統計データおよび質的資料の丁寧な分析を通じて、民間企業の「職場規範」「職場の雰囲気」が、“他者の厳しい目”となって制度取得を困難にしていることを明らかにし、職場のジェンダー規範が個人のアイデンティティに影響を与え、個人に内面化されていくと考えられることを指摘した点を評価されました。その上で、労働市場における差別のメカニズムに関する経済理論である「差別的嗜好理論」や「統計的差別理論」と本研究が依拠する「アイデンティティ効用」理論との関係、「職場の雰囲気」の流動化に資する法制度のあり方等について、報告者と議論されました。これらを受けての討論では、「日本企業は利潤の最大化のみを行動基準としていない。ホモソーシャルな組織構造・組織文化の維持等、経済外の効用要因が作用している。それゆえに性差別的企業が一向に淘汰されていかない」こと等をめぐって意見が交わされました。
寺村さんは、「研究者としてスタートラインに立てた」と、博士論文執筆の意味を振り返り、現在は、「民間企業におけるジェンダー格差の実証分析及び国際比較」研究を深化させておられます。
第2部では、まず執筆者工藤万里江さん(明治学院大学キリスト教研究所)が著書『クィア神学の挑戦ークィア、フェミニズム、キリスト教』の内容を紹介されました。本書は、カーター・ヘイワード、エリザベス・スチュアート、マルセラ・アルトハウス=リードという3名の女性神学者の思想の分析、「神とキリスト」「フェミ ニズムとクィア」「神学とその主体」の3点における比較を通じて、①キリスト教神学におけるフェミニズムとクィアの共通性と断絶、②クィア神学の思想潮流における視座や方法の多様性を示した労作です。「クィア神学」が今後取りうる一つの方向性として、キリスト教の異性愛主義的な性規範のみならずキリスト教神学の規範的なあり方自体を問い、その絶えざる不安定化を目指したアルトハウス=リードの試みを評価し、その可能性を指摘して結論とされました。報告を受け、コメンテイター黒木雅子さんは、精緻な対比により各神学者の思想の特徴を明確にされたことを高く評価された上、各神学者が用いる“反アイデンティティの神学”、“周縁における神”/“周縁の神”、“下品な神学”等の概念や、各神学者の思想は属性や社会的立場と不即不離であろうことついて、報告者と議論されました。これらを受けての討論では、女性神学者たちのたたかいが、あくまでキリスト教信仰を与件としたものであること(キリスト教信仰とフェミニズムは相容れるのだろうか?)、ひいてはキリスト教自体の歴史的・社会的構築性等について意見が交わされました。
参加者アンケートでは、回答者の全員が、「参加目的は十分/概ね達成された」と回答し、次のような感想・意見が記されました(順不同)。
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■寺村絵里子さんの研究では、インタビュー調査の知見、とくに、職場のメンバー関係の図示がひじょうに興味深かった。その際、女性社員と上司との関係が注目されていたが、同僚との関係、とくに、助けてもらったり支えてもらったりする同僚性の成立/機能の面はどうなのかが気になった。最近ニュースで、男性の育児休業取得促進のため、育休が予定されている男性が同僚とチームを組んで仕事をカバーし合う体制がつくられている職場の様子を見る機会があった。討論で話題になった、育休中の職場との断絶の解消等とともに、職場での同僚性の発揮も、女性の就業継続や雇用均等を進める一助になるのではないかと感じた。また、インタビュー調査は正社員を離職した女性を対象にて行われていたが、出産後も就業を継続した女性正社員の場合、職場のメンバー関係図はどのようになるだろうか。
工藤万里江さんの研究では、クイア神学者の方たちの「その声が聞かれるために、尊敬されるような適切で上品な存在を踏み越えない」ふるまい方への言及が特に印象に残った。セクシュアリティ規範への抵抗のしかたは、自身の課題でもある。既存のセクシュアリティ規範では下品とされることであっても、現に起きている事実として淡々と語り、語りえる範囲を自分から広げ、その場の参加者と“ネタ”ではなく、当事者として真摯に語り合える場をつくっていくことについてあらためて考えさせられた。また、棄教という選択肢がありながら棄教せず内側で抵抗を続けることの意味についても考えさせられた。自身が包摂されている社会の周縁での、個々人の地道な働きかけや抵抗の積み重ね/共振こそが社会を変化させる。
■寺村絵里子さんの量的調査の手法、工藤万里江さんの思想の比較研究の方法、両コメンテーター、上野千鶴子さんとのやり取りに大いに学ばせてもらった。
世代やキャリアに共通点が多い寺村さんのご報告には大変共感した。私の関心領域からの視点からは、「子育てを“母親責任”とする規範の内面化」も変数として検討できるのではないか、と思った。また、序列化された組織構造におけるジェンダー格差の再生産は、企業だけでなく学校教育現場も同じで、特に、校長権限が強められた2000年以降は顕著である。育休取得にかかわらず、女性教員に低学年担当、ケア役割を期待するジェンダー規範の存在も指摘されている。寺村さんの今後のご研究に期待している。
工藤万里江さんの研究領域は門外漢だが、ご報告を通じて視野が開けた。アルトハウス=リードが属するアルゼンチンのコミュニティと、他の2神学者の背景を成すコミュティの違いが気になった。前者の方がより宗教による紐帯が強いのだろうか。3者の思想とケアとの関連はいかがであるのかにも興味を持った。新領域に触れる貴重な機会だった。
■コメント・質疑を含め、大変有意義な時間だった。信仰者でも棄教者でもないが、宗教社会学者である。フィールドワークを中心に宗教集団にかかわりのある女性(また男性)にお会いしてきた経験からいうと、信仰者(また棄教者)一人一人が、人種や民族、階級やセクシュアル・マイノリティ、障がい・・・あらゆる「アイデンティティ」の源泉になりそうなことについて、一人の人はそのいくつかを多層的に複合的に実際に生きているので、工藤万里江さんのようなご研究が持つ意味というのは、「私の経験とはなんなのか」という個人的な問いを社会(また歴史)につなげていく「効果」をもたらすものでもあろうと思った。お話を伺いながら、キリスト教神学におけるこうした試みは、仏教やその他の宗教にもあてはめて考えてみることができるのではないかと思った。この点について今後も考えてみたいと思う。大変貴重な機会だった。
■私も寺村絵里子さんと同じく,一度主婦となり,社会人として働き,大学院に進学した.共感しつつ、興味深く報告を聴くとともに、自身の博論への取組みを進める上で大変参考になった.工藤万里江さんの報告後の討論には,何かモヤモヤが残った。宗教的信念を社会科学的に論じることには,違和感というか,そぐわないような感触を持った。触れることのなかった、クイアやフェミニズムの視点からのキリスト教神学の研究について認識する機会となり,貴重な時間であった。
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知見も、論文提供者も、コメンテイターも、参加者もそれぞれが相対化される、濃密な対話のひとときでした。
WAN博士論文報告会が、WANらしい/WANならではの事業として鍛え上げられていくことを願ってやみません。
【次回予告】
第5回WAN博士論文報告会
2023年1月22日(日)13:00~16:00
第1部
報告 内藤眞弓:子育て女性医師のキャリア形成とジェンダー構造に関する研究.
コメント 中谷 文美(文化人類学、ジェンダー論)
第2部
西井 開:不安定な男性性にかんする臨床社会学 : 非-マジョリティ男性の精神衛生上の課題をめぐって.
コメント 信田 さよ子(臨床心理学)
文責:WAN博士論文データベース担当 内藤和美
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