本書は厚生省/厚生労働省政策「母子健康センター施設(助産部門と母子保健部門を併設する場)」の設置・運営・閉所にわたる全58年間(1958~2016)を、(1)国家政策の推移、(2)施策を導入した全国基礎自治体の盛衰、(3)全国各地の助産部門運営の具体の三相から政策を分析した研究書です。
研究方法として、①事業を展開した全国施設への質問紙調査(55/126施設)、②全国10施設への現地訪問・聞き取り調査、③助産部門を担ってきた助産師等13名のライフ・ヒストリーを含む聞き取り調査を用いています。
母子健康センター事業とは、旧厚生省が新生児・妊産婦等の死亡率低減を目指し、そのためには「施設内分娩を推進することが重要だ」と、全国への施設設置(箱物造り)という具体策を掲げ1958年に開始しました。
数年後には、事業を推奨する国井長次郎・竹村秀男らの声かけで、当時の厚生大臣・古井喜美を会長に、森山豊を副会長に「全国母子健康センター連合会」が結成され、その後押しで1965年には『母子保健法』が制定され、同施設は第22条に「努力義務」で組み込まれ、全国に700余設置されたのです。
先の政策課題は1970年代後半(10数年後)には達成されました。ただ、政策の副次的成果として、助産師の助産力やケア能力が、多くの産む女性たちを支え続けました。だが、出産場所が産科の診療所・病院へと医療化・高度医療化する中で、母子健康センター助産部門は次々閉所していきました。
全国55施設調査や10カ所への訪問調査から、各所で施設を閉鎖・維持した要因を抽出すると15種程を見いだすことができました。その上で、開所し続けてきた「必要十分条件」を捉えると、第1に医療法に基づく条件が担保された上で、第2に助産部門を担う助産師の二人体制による助産介助という横の連携があり、高齢助産師が若手助産師を育てているという世代交代を担保する縦の継承も存在していました。第3に、自治体首長が自立的で助産・母子保健事業の推進に積極的・意欲的でした。
また、13人の助産師等のライフ・ヒストリーからは、「高度なケア能力」という共通点を読み取ることがことができました。
1.ほとんどの助産師たちは、対応した女性たちの、とくに厳しく困難なお産状況を鮮明に記憶していて、その時、自分自身が行った行為や諸対応を詳細に語った。語りからは「待つ力と見極める力」を読み取ることができた。
2. 事態の急変を読み,嘱託医療機関に搬送する判断力は早い。「女性と子ども両者の危機」に直面した場合、できるだけ両者を、無理なら女性をと判断する点は共通していた。
3. 「豪雪の中を」、「真夜中に」、「徒歩で数十キロを」、「漁船をチャーターして」、「産後7日は連日ケアのため、徒歩で往復」など、想像を絶する尽力を、当然のこととして重ねてきていた。
4. 妊産婦・褥婦の家庭内事情は、助産ケアや産後ケアの過程で、ほとんど把握できてしまう。だが、決して他言せず、時には支払いが無いことも、目こぼししてきた。など。
2016年に母子保健法第22条は急に「母子健康包括支援センター」と変更され、その上「子育て世代包括支援センター」と通称表現が提示・活用されます(2023年度から「こども家庭センター」と変更予定)。すなわち、「場」を重視する施策が展開されています。
「政策は当事者を支えるためにある」という観点にたち、子産み・子育て支援施策を考えると、「場」に加え、「人=当事者に対する固定的な水先案内人」(例えば、介護保険法で導入されたケア・マネージャー的存在)が重要です。
日本の既存政策では「切れ目ない支援」と表現され、サポートシステムや個別政策の接続性や連続性が強調されてきました。ただし、この切れ目なく接続しようとしている諸事は、複数の政策や施策です。政策を活用する当事者・ユーザー一人一人は、切れ・切れの新しい選択肢を常に前にしています。そして提供されている「切れ目ない支援メニュー」を適切に・最適にどう選んでいったらいいのか、迷い、誰に相談したらいいのか、いつ支援メニューを変えていったらいいのか、わからない場合が少なくないのです。
そのためにも、例えば介護保険法に組み込まれている「当事者に対する固定的・継続的な水先案内人、ケア・マネージャー的存在」を子産み・子育て政策にも組み込む必要があるのです。
現在の「子育て包括支援センター施策」に不足してたのはこの点です。
政策は、当事者主体・利用者本位の支援が行われることが必要不可欠です。すなわち、今後「子育て世代包括支援センター」に、あるいは「こども家庭センター(案)」には、「子産み・子育て当事者一人一人に対しての、継続的・固定的なケアラー/水先案内人の必置(介護保険同様、当事者からの申し出による交替可)」を提案しています。
◆書誌データ
書名 :子産みを支えた政策と助産者のケアする力ー「母子健康センター事業」全58年の盛衰からー
著者 :中山まき子
頁数 :560頁
刊行日:2022/8/5
出版社:日本評論社
定価 :6160円(税込)
2022.09.16 Fri
カテゴリー:著者・編集者からの紹介